「奏組」は太正何年なのか? とりなべ 2012/02/04 20:26:13
「奏組」は太正何年なのか? [返事を書く] |
「サクラ大戦 奏組」の本格掲載が始まった「花とゆめ」5号が発売になりました。 表紙、巻頭カラー、付録の下敷き、というトリプル押しのこの企画。 少しずつ設定も明らかになっております。 そして、この物語を読んだサクラファンならどこかで思うでありましょう。 一体、これは太正何年なのか? 各年の四月初頭の状況は、こんな感じです。 太正十二年 さくらはまだ見習いなので舞台に立っていない。 太正十三年 帝劇改修工事中。 太正十四年 大神が航海から帰るとほぼ同時に、花組隊員は任務・訓練などで各地に散る。 太正十五年 大神、巴里へ出航済み。 太正十六年 大神、総司令および支配人に就任、新次郎に紐育渡航を言い渡す。 ……花組が公演をやっていて、米田が司令で、なおかつ大神がモギリで劇場に居る、という奏組の状況は、該当する年がない、という事がわかりますね。 さて、どこかに期間の隙間があるのか。 それとも、設定の何かが間違っているのか。 もしも、描かれた光景のすべてが合っているのだとしたら、何が起きているのか。 このあたりを検証しつつ、「奏組は太正の何年なのか」の意見を集めてみよう、というツリーです。 ではまず私から、「太正十五年説」を久々のSS形式で。 |
とりなべ <rpbyunwque> 2012/02/04 20:26:13 [ノートメニュー] |
├SS「新皇の遺産〜栃木つながりですし〜」 とりなべ 2012/02/04 20:28:36 │└あとがき&奏組太正十五年説について とりなべ 2012/02/04 23:07:44 └SS「桜が咲いているから四月だと誰が言った... 夢織時代@6日未明追記 2012/02/04 23:08:57 └汎用性のある設定 とりなべ// 2/8追記 2012/02/05 01:03:36