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対降魔部隊SS外伝「全ては海へ」

  対降魔部隊SS外伝「全ては海へ」 夢織時代 2016/09/27 00:01:28
  本編一 夢織時代 2016/09/27 00:02:44
  本編二 夢織時代 2016/09/27 00:03:18
  序章 夢織時代 2016/09/27 00:03:47
   ├あの頃を思い出しつつ まいどぉ 2016/09/27 02:35:25
   │└くるくると回る 夢織時代 2016/09/28 00:58:05
   └逢坂の関からアッチが Rudolf 2016/10/17 21:46:45
    └私も実は 夢織時代 2016/10/21 00:48:42

対降魔部隊SS外伝「全ては海へ」 [返事を書く]
対降魔部隊SS外伝「全ては海へ」

お久しぶりです。夢織時代です。
本作はShortStoryまたはSecondStoryといって(以下略)

私が十五年前に本家サクラ大戦BBSで連載していた「対降魔部隊SS」シリーズが設定の背景になっていますが、特段覚えている必要はなく読めるようになっています。
長さは約40KB、2万字程度です。
花組星組メンバーは一人も登場しません。
一応公式キャラは数名登場します。


では以下にて。

夢織時代 <zvoejguhin> 2016/09/27 00:01:28 [ノートメニュー]
Re: 対降魔部隊SS外伝「全ては海へ」 [返事を書く]
本編一



 裏御三家というものはそもそも表沙汰にされる存在ではない。
 本来は都にあって都の霊的守護を司る者であるが、土御門では物理的な戦闘能力に欠ける。
 俵藤太や源頼光のような英雄が常に用意できるわけではないとわかったために、武士の台頭の折に密かに設けられたものである。
 さりとて昇殿できなければ帝の守護すらままならず、藤原家の庇護、あるいは必要に迫られて出来たのが、最初の一家、藤堂家というわけだった。
 他の二家、隼人、真宮寺については、家がやっと定まったというところだった。
 そんな時代、当代藤堂家当主の一の姫は、事実上の後継者であると目されていた。
 齢十六にして、既に討ち果たした鬼は数知れず。
 応仁の乱で大半の結界が消し飛んだ都に今でも帝がおわすことができるのは、姫のおかげと言っても過言ではない。
 もっとも、姫の護衛として振り回される私に言わせれば、少しは大納言家の姫としておとなしくしていて欲しいというのが本音であった。

「大和へ行く?」
「うむ。そなたも一緒にお父様を説得するのじゃ」

 奈良に出向くくらいで一々当主の許可を得るような姫でもあるまいに。
 追いかけて行ったら平城京の羅生門で鬼と切り結んでいたことすらあったものを。

「妾もさすがに逢坂の関を超えるとあっては無分別には行かぬ」
「姫、お待ちを。逢坂の関の向こうの大和とは、よもや」
「北条氏綱とやらが治める風水都市大和。都を凌ぐ繁栄を極めているというが、土御門が懸念を示してきおった。滅びの予感がするとな」

 それはもう、坂東の地の話ではないか。まかり間違っても都の姫が出向くような地ではない。

「なんじゃ、知らぬのか。今や五摂家でさえ食うに困って各地の守護大名に娘を差し出す算段をしておるのだぞ」

 目眩がした。幼い時より背中を守り続けてきた姫を、誰が坂東の田舎侍などに嫁がせたいなどと思うか。

「早とちりも大概にせい。嫁ぎに行くのではないわ。必要とあらば、北条氏綱とやら、切らねばならぬ」

 五日に亘る不毛な論争を経て、ご当主は姫の坂東行きをとうとう認めてしまった。
 されば、我も京でのうのうとしていられるわけもない。
 姫のお付きをしていた我が妹ともども、我も坂東へ赴くこととなった。

 以後、都に帰ることはない旅になると、どこかでわかっていた。



 姫の東下りには帝の勅使という名目が付いた。
 斎宮にも引けをとらないような行列が仕立てられ、姫はゆっくりと東国へ向かう。
 我と妹は、その先触れの使いとして先んじて東へ向かうこととなった。
 表向きは。

「うまく行ったようじゃの」

 姫の顔を知っている者など、ごく親しい者しかいない。
 そして、我の妹は昔から姫の身代わりを仰せつかることに慣れていた。
 歳もそれほど離れていない。
 これ幸いと、姫は今度も我の妹に勅使を任せ、自分はこの通り、我とともに旅装束で先触れの使者になりすましていた。

「何をふてくされておる。ミキとて喜んでいたからよいではないか」

 妹は妹で、勅使の衣装に喜んでいたのは事実である。
 そんなことは今更なので我の機嫌が悪いのはそんなことのためではない。
 畿内の旅行ならまだしも、これほどの遠出を姫と共にしたのは初めてである。
 普段から男装など慣れたものの姫は、水浴びも遠慮なく行おうから始末が悪い。
 たとえ幼いころより見慣れている我といえど、幼いころと同じではいられないものがあるのだ。
 余人の目を隠すために手配しようとすれば、否が応でも目にしてしまう。
 美しい。
 世が世でなければ入内して、内裏の中の最奥でしか男の目に触れぬであろうものを目にする我はなんなのだ。
 その美しい藤の化身と、夜の闇の中で何も遮ることなく板の上に並んで転がる我が身に懊悩する。
 我が手にできずとも、誰の手にも渡したくないと願わずにいられぬほどに。
 坂東への道中は甘美なる地獄であった。



 遠州に入るとさすがに評判も聞こえてくる。
 曰く、塵を集めて海を埋め都を造ったと。
 曰く、都に行けば老いも若きも皆幸せに暮らせると。
 曰く、大いなる和の都であると。
 曰く、讃えて人の言う、氏綱様は海の公子であると。

「ずいぶんな評判じゃな」

 この戦国の世、間者などどこにでも紛れ込んでいようが、意外なほどに大和を罵る声は少ない。
 土御門の懸念は杞憂ではないのかという思いは、我だけでなく姫も抱いているのだろう。
 伊豆を前にして、このまま大和に突き進んでよいか姫は悩んでいた。
 そんな折、噂の中に、関東管領が大和に攻め込むとの話が入った。
 罠か、誠か、いずれにせよ氏綱の一端は伺えよう。

「見に行くぞ」

 危険過ぎる、という我の意見など聞いてくれる姫ではなかった。
 何が何でも、止めるべきであった。
 遠目からでもそうと分かったろう。
 それはまともな戦ではなかった。
 都崩れの陰陽師、修験者たちを揃え、武士たちに百鬼夜行を伴わせ、押し寄せる関東管領の軍勢を破る。
 それは、鬼と斬り合いながら姫が知らなかった、我が姫に見せまいとし続けていた、人間の武力だった。

 それだけならまだしもだった。
 氏綱軍の所業は、さすがに我の想像を超えていた。
 最初に倒された関東管領軍の先鋒の屍が、甲冑とともに起き上がった。
 その屍に取り憑いている怨霊の苦悶や慟哭は嫌でも見て取れる。
 死してなお鬼と化して、百鬼夜行の列に加わり、かつての味方に向かっていく。
 荒ぶる意識、獣のように食われていく者たちに、見ているだけで心をかき乱される。
 だが、危ういところで気づいた。
 顔色を蒼白にしながらも、怒りに燃える瞳とともに姫が飛び出さんとしていた。
 とっさに姫を羽交い締めにして抑えこむ。
 凡百の陰陽師など姫の相手にもならないが、この場で姫が怒りにまかせて氏綱軍を一掃してしまっては、後々厄介この上ないことになる。
 組手で姫に幾度も投げ飛ばされている我だが、こと力づくとなれば、齢十六の姫に負けるものではなかった。
 暴れる姫の動きが、諦めたように止まった。

「よい、わかった」

 気がつけば、姫の身体の触れてはならぬところを鷲掴みにしていた。
 火でも触れたように慌てて手を離し、その場に首を差し出すように平伏する。
 その場で首を刎ねられても文句など言えぬことをしてしまった。

「忘れよ」

 頷くしかなかった。

「妾を止めてくれたことは礼を言う」

 ただその日から、姫は我に水浴びの姿を見せなくなった。



 死人の都かと思っていたが、その光景はあまりに意外であった。
 いや、もとより評判の通りであったとも言える。
 都そのものに至る前から、街道を行き来する商人と幾度もすれ違う。
 道は歩きやすく、ところどころに宿を貸す集落がある。
 人々をよく治めている。
 その事実は受け入れざるをえない。
 集落を守るものが、躯すら無くなり甲冑に取り付いた怨念だけで立っている歩哨を従えた陰陽師であっても。
 怨念の見えない民草には、ただの式神にしか見えないのであろう。
 驚く我をいっそ不思議がるほどに、領民には馴染んだ光景であるらしかった。

「そなたらも仕官の口か、多いな」

 陰陽師が咎めもしなかったのは、我と姫を大和への仕官に向かう者と見たようだ。

「今は強き者が一人でも多く欲しいとお館様は仰せだ。そなたら、なかなかのものであろう」
「お館様は我らのような者でもお抱えになられましょうか」
「儂とて食うに困って根もなく東下って来た者よ。それがこうして仕官しておる」

 敵に対する所業と、この戦国の世に珍しきおおらかさか。
 わからぬ。
 氏綱がいかなる者か、我には判断がつかぬ。



 遠くから、それは山に見えた。
 樹木の一本も生えていない峻厳なる岩山の群れからは、しかしその印象を裏切るように、飯炊きのものとおぼしき煙が幾筋も立ち上っていた。

「仁徳帝ではないが、少なくともあの岩山の中は飢えてはおらぬようじゃの」

 近づくに連れてその姿が徐々に明らかになっていく。
 湿地が続く武蔵の地だが、そこを貫き海の先に立つ岩山へと向かう街道が整備されている。
 街道といっても、朱雀大路にも匹敵する横幅を有するとてつもないものだ。
 行き交う商人たちがいくら重なっても容易にすれ違うことができる。
 これならば数千、いや、数万の兵であっても速やかに進行させることができるであろう。

「塵を集めて海を埋めた、か。なるほどの」

 踏みしめている地面から姫が拾い上げたのは貝殻の破片だった。
 強く踏み固められているが、これらは元々海の砂であるらしい。
 よく見れば魚など海の生き物の骨や欠片がそこかしこに見られる。
 だがその先に見える城門は、海の塵などでは到底ありえなかった。
 朱雀門などとは比べ物にならない。
 海の底から岩山を持ち上げてきたとでも言うのか。
 さながら玄武の身体のごとく、鈍く黒光る強固な岩肌を持つ峻厳なる岩山だった。
 門の左右も上部も全て強固な岩盤で出来ており、その中央に、人智を超えたような力で開けられたとしか思えない巨大な穴が空いていた。
 これが城門となっており、左右にはその門を閉ざすための岩と鉄とで出来たとてつもなく巨大な門扉が構えられていた。
 天上天下のいかなる軍勢が、この城門を攻め落とすことができるというのか。
 この城を構えているというだけで、天下の覇者であることはもはや決まったようなものではないか。
 この城に比べれば、足利将軍など吹けば飛ぶような風の前の塵に過ぎまい。
 その城の名を称えるかのように、門番は高らかに告げる。

「ようこそ、我らが御屋形様の都、大和へ」



 城門をくぐった先に広がる光景に、ただただ絶句する。
 通い慣れていると思われる商人はまだしも、我らと同様に初めてこの大和に来たと思われる者がそこらで同じく呆然と立ち尽くして見上げている。
 応仁の乱によって荒れる以前の平安京のような都が広がっているものだと思っていた。
 だが、風水都市大和とは、我らが知る都とはまるで違っていた。
 強いて思いつくところで近いものは、東寺の五重塔だろうか。
 あれよりも遥かに高い、十重か、いや、もっとだろう。
 そんな高さの塔のような、岩山のようなものが、一つではないのだ。
 大路を挟んで両側にずらりと並んでいる。
 つまりはそれが計画されて建造されたものであることは間違いない。
 それらの塔の各所には窓が設けられ、一つ一つに障子が嵌めこまれている。
 どの障子も破れた様子はなく、手入れが行き届いていることが伺える。
 いくつかの障子が開いていて、隙間からは子供らの遊ぶ声が響く。
 やはり、これらは全て人々が住まう家屋なのだ。
 岩山と岩山の間には回廊のようなものが渡されていて、ところどころで人々が渡り歩いている。
 その人々の顔は生き生きとしていて、荒廃した京に住まう人々のくたびれ果てた顔とは比べるのもはばかられた。
 宿に入ってその暮らしの一片に触れただけで、その違いは嫌というほどに思い知らされた。
 大和に至るまでの道中で寺に一夜の宿を求めるときに払った銀では、高すぎると釣りが出た。
 都で使われている使い古された宋銭とは比べ物にならぬほど精緻な銭であった。
 それでいて、案内された部屋は畳も障子も襖も新しく、慈照寺の造りもかくやという快適なものだった。
 宿の建物の地下には、有馬のようにこんこんと湯が湧き出る部屋があり、体を湯に浸すことさえできた。
 湯上がり後に出された膳は白く輝くような米に、海の魚や貝などがふんだんに使われた豪勢なものだった。

「気に入らぬな」

 湯に浸かった後でほのかに顔を紅く染めた姫は、盛大に膳を平らげた後でぼそりと呟いた。
 隣り合った夜具で眠るには、道中とはまた別の自制が必要だった。



 翌朝、宿で渡された地図を頼りに政所へ向かった。
 人々の住まう街区よりさらに高く巨大な岩山は、都でいえば内裏にあたるのか。
 床も壁も磨かれた石で水鏡のように輝いており、塵一つ落ちていない。
 そこを働く人々が忙しく草履で行き来している。
 姫が仕官に来たと告げると、その役を担うという者がすぐに来た。

「夫は土岐次郎、妾はその妻である」

 都から流れてきた武士と、駆け落ちした巫女と名乗ることにしたらしい。
 藤堂家の名をいきなり出して氏綱へ取り次げと言うのかと思いきや、それは勅使として来る我の妹が来るまで待つようだ。
 その場凌ぎの猿楽じみた戯言とはいえ、姫が我の妻と名乗ることが不快なわけもない。
 陰陽師司の前で姫が二三の術を見せると、呆れるほど容易に召し抱えられた。
 力ある陰陽師が一人でも多く欲しいのだという。
 軍の要所に陰陽師を使っているところを見ていたので、それもそうかと思う。
 ただ、藤堂家の姫であることを悟られなかっただろうかと心配になった。

 そうして、大和での生活が始まった。
 寺の鐘とともに動いていた京と違って、ここでは時が厳密であった。
 政所の上の空に、まるで虹で描かれたような文字が浮かんでいる。
 それらは子丑寅卯辰巳午未申酉戌亥の十二の刻が外周に描かれ、内周に甲乙丙丁戊己庚辛壬癸が描かれている。
 それが時が進むとともに細かく移り変わるのだ。
 一刻が十の分からなり、辰の刻甲の分から政所が動き出す。
 姫は力を見込まれて早速こき使われていたが、あの通りの性格なので望むところとばかりに駆け出していった。
 大和の中には田畑も作られており、虫除けや病除けの呪いが定期的に掛けられているようだ。
 また、海の水から雨を作り出す役所があり、大和全体に豊富な水を行き渡らせていた。
 さらには、晴れや雨などの天候すらある程度決めたとおりに行えるらしく、向こう十日間の天気の予定などという恐るべきものが通知されていた。
 陰陽師が大量に必要な風水都市とは実際にはこういうことだったわけだ。
 なるほどこれならば、幾万を数える人々の暮らしを支える収穫を得るのも不可能ではあるまい。
 一方我は氏綱軍に配属されることを期待したが、さすがに抱えたばかりの者にそこまでさせることはなく、都市内での歩哨として働くことになった。
 検非違使のようなものかと思いきや、人々の生活で出る塵芥を集める仕事に始まり、市場での物品の輸送、住居となる岩山の整備など、日替わりで色々なことをさせられた。
 どうやら何に向いているのかを調べた上で役を割り当てられるらしい。
 多くの人々の一日の仕事は酉の刻甲の分をもって終わり、その日の働きに対して銭が支払われる。
 日が落ちると街のあちこちで、不思議な光が灯される。
 呪術や陰陽術によるのではなく、水を暖めて沸かした気をどうにかすると光を発するらしい。
 街区の至る所では酒とともに夕餉を出す店が賑わっている。
 一日の稼ぎに比べても安価で飲み食いできるため、老若男女問わずこのような店で夕餉を取ることが多いようだ。
 仕事を終えた姫と待ち合わせて、人々に倣って毎日異なる店を回って味を楽しむ。
 あちらは貝の料理の店、そちらは川魚の店。兎や猪の肉を出す店まであり、しかもそれが盛況であった。

「なんじゃ、妾が飲んではいかんのか」

 初日に目を離した間に派手に呑んでしまい、意識を失った姫をおぶって連れ帰ったこちらのことを考えてもらいたいものだ。
 揺すろうが着替えさせようがいっこうに目を覚まさない姫を前に、よくも自制できたものだと思う。
 夜になるとかえってはっきりと光って見える空の文字が戌の刻になる頃に、住まいとして借り受けた岩山の一室に帰る。
 一室といっても、夫婦住まいを想定したものらしく、土間に竈が備えられており、岩山の第三層だというのに、樋からは水が流れ落ちてくる。
 厠では汚物が残らず地の底へ落ちていき、臭いもほとんど残らない。
 さらには風呂まで備えられていて、湯が湧き出てくる。
 そのような大和での暮らしの特徴として、薪をほとんど使わないということが挙げられる。
 温めた水の気の力が巡っていて、米はその熱で炊くことができ、煮込むにも焼くにも自在である。
 朝餉は家で食べる者が多いようだが、朝餉のために水を汲んでくることも、薪を切ることも必要ない。
 そこでふと疑問に思った。
 遠くから大和を眺めたときに、飯炊きのものと思っていた煙は、なんだったのか。



 一月ほど働いていると、色々なものが見えてくる。
 大和の中心には聖魔城と呼ばれるひときわ高い一角があり、そこにはお屋形様と呼ばれる氏綱本人が住まうようだ。
 煙が立ち上っているのはその一部、時を刻む光を放つところの近くのようだ。
 おそらくそこが、暖められた水の気を作り出すところなのだろう。
 陰陽師や呪術者たちが多く出入りしていることはわかるが、薪を持ち込んでいる様子はなく、何が火の気となっているのかわからない。
 越後で湧き出ると噂に聞く燃える水であろうか。
 これ以上は新参者には如何ともし難い。
 そうこうしている間に、帝からの勅使、すなわち姫に化けた我が妹の一行が間もなく到着するという話が聞こえてきた。
 女官を伴った一行の足はどうしても鈍く、先行した我らとずいぶん時が開いてしまった。

「ミキには苦労を掛けたようじゃが、どうやら戻る時が来たようじゃの」

 大和の竈の使い方にも慣れた仕草で朝餉を仕上げた姫が呟いた顔に、寂しさが見えたのは我の願望であろうか。
 一月に及ぶ偽りの夫婦の生活が終わる時が来たということだ。

「以前、この大和が気に入らないと仰いましたが」
「あれか。よう覚えておったな。別にここでの暮らしが嫌であったわけではないわ」
「では、何が」
「大和に入ってから微かにだが疲れやすい。今もそうじゃ。
 外から入って来んとその違いにそもそも気づきようもないし、食事が充実しておる上に余計な仕事をせんでよい分、気にする者はおらんようだが」

 それが意味することは何なのか。
 何か、途方もなく不吉な予感がした。

 この一月の間に、堪えることなく姫を手篭めにしておけば、あるいはこの後に起こる全てが違っていたのかもしれない。



 もちろん、帝の勅使が来たということで大騒ぎになった。
 その騒ぎに乗じて一行に合流した。
 およそ二月に亘って姫を演じていた妹は、疲れた顔をしながらも随分と威厳を見せていた。
 馬子にも衣装というか、鍛えれば妹でも姫に見えるものだ。

「姫様っ、兄上っ」

 迎賓の館で人払いをしてようやく妹はこわばった顔をやめて笑顔を見せた。
 姫に抱きついている様を横から見ていると、似ているように思えなくもない。
 しかし、改めて勅使の衣装を纏った姫を見て、それは間違いだと考えを改めた。
 威厳も、気品も、霊力も、只人の及ぶところではない。
 五摂家も、恐れ多くも内親王すらも何するものぞ。
 その姫と仮初の夫婦であった我が身を振り返り、誇らしくも忸怩たる思いに囚われる。

 ともあれ、帝の勅使という肩書はこの地でもやはり絶大である。
 北条氏綱本人が直に会うことをすんなりと了承した。
 一月の間、近づけずに見上げていた中心地聖魔城に、堂々と正面から入る。
 傍に控える我の帯刀さえ許された。
 氏綱の謁見の間までは少なくとも七度は階段を登った。
 想像以上に城内は広大であるらしい。
 謁見の間もまたとてつもなく広い。百畳か、もっとあったかもしれない。
 そこに平伏して待っているのが氏綱本人であるのだろう。
 帝の勅使として姫が上段に座し、我と妹を含むお付きの者は氏綱よりも手前で控える。

「北条家当主に、帝よりのお言葉を告げる」

 といって姫が取り出した文書は実のところほぼ全文に亘って姫が手配して、藤堂家の根回しで帝の署名が入ったものだ。
 勧進帳ではないが、実は大和を見てから姫が文章を付け加える余地を残しておいたという代物だ。
 その姫が監修どころか執筆した内容はといえば、大和における治世を賞賛する一方で、人心の不安、繁栄の懸念、死者を用いた恐るべき軍勢への嫌悪、そして大和そのものについての詰問となっている。
 何故帝がそのようなことまで知っておられるのか、と言い出すと話が厄介になるが、

「お答え申し上げまする。帝におかれましては、そのような雑事に心惑わされることなく都にて安らかにお暮らし頂ますよう」

 顔を伏せたまま発せられた氏綱の回答は実に明確な拒絶であった。

「ふむ。面をあげよ」

 帝の勅使としての基本儀礼は終わったものの、姫は威厳を持ったまま声を掛ける。
 姫本人が藤堂家当主代行として正三位相当であるが、それを抜きにしても、鬼さえその言葉で打ち伏せる姫の言葉に込められた威圧感は、並の人間ならば逆らうことすらできなくなるものだ。
 だがその姫の言葉を聞いてもなお、氏綱は平然と顔を上げ、その動きが、途中で止まった。

「……そなた」
「……美しい」

 陶然とした声で、そんなことを口にした。
 これが斎宮ならばそもそも姫が余人に顔を見せるということもなかっただろう。
 だが、勅使である以上さすがに顔を見せねばならず、姫本人も顔を隠すつもりなどもとよりなかった。
 それが、予想外の結果を招いた。

「妾の顔などどうでもよい。改めて尋ねよう、左京大夫。なにゆえに死者をすら弄び兵と成して殺戮を行うか」」

 北条氏綱も武家の流行りとして、左京大夫の官位を受けている。従五位下で姫とはだいぶ差がある。

「帝へのご返答は申し上げましたが、それは姫ご自身の御下問でよろしゅうございますか。
 藤堂家当主代行綾姫」

 ぞくりと、した。
 姫はここに至るまで、決して真の名を名乗ってはいなかった。
 名を口にする。
 それは氏綱が姫の動きを少なからず把握していたということでは。
 そして、名を知られているということは、姫のような巫女に近い存在にとっては危険ですらあった。

「随分と遠くまで届く耳を持っているのだな」
「遠くまで見える目も持っているつもりでございましたが、私が今目にしているものの美しさまでは伝えてくれませんでした」

 わかっているだろうに平然とした姫に対して、氏綱もぬけぬけと告げる。

「いかにも。妾自身の問いであっても答えるつもりはないか」
「いえ、それならば話は別にございます。姫にお見せしたいものがございます」
「それがそなたの殺戮の理由というのなら、持ってくるがよい」
「いえ、持ってくること叶わぬものゆえ、姫にお越しいただきたく」
「この城の中にあると申すか」

 そう答える姫は、概ね氏綱が見せようとするものに検討がついていたのであろう。
 持ってくることが叶わぬなら、それはおそらく大きなものであり、おそらくは、この風水都市大和の中枢。

「そこな土岐次郎と一緒でよければ応じよう。その者は妾の刀にして鎧ゆえ」

 いきなり姫が、控えていた我に話を振ってきた。
 だが、心強い。少なくとも我の知らぬところで姫に手出しなどさせぬ。
 それに対する氏綱の答えは想像を絶していた。

「夫というのは偽りでございましたか」
「ほう、妾に気づいておったのに歓待もしてくれなんだのか」

 この一月の動きは全て把握してるぞと告げた氏綱に対して、姫も平然と答える。

「歓待には準備も必要にございましたゆえ。よろしゅうございましょう。そこな忠臣も共においであれ」
「よかろう、見せてみるが良い」

 そうして、姫の断りもなく立ち上がった氏綱は、どうやら自ら姫を案内するらしい。
 姫も立ち上がり我を促す。
 先導する氏綱と姫の間に立って進む足取りは、聖魔城の奥深くへと向かっていった。
 謁見の間から今度は下ること何層に渡るかもわからなくなってきた。
 どことなく重苦しい空気と、肌にまとりつくような力を感じる。
 間違いなく、この先が、この風水都市大和を繁栄させている力の源であろう。
 やがて、羅城門のゆうに三倍はあろうという巨大な門にたどり着いた。

「姫は問題ありますまいが、忠臣は気をしっかり持ったほうがいい」

 莫迦にするな。夜の平城内裏でも戦ってきた我ぞ。
 そう言おうとした我の顔に、とてつもない風のようなものが吹き付けてきた。
 三条大橋で百鬼夜行と遭遇したときでさえ、ここまでの威力は感じなかった。

「これなるは霊子櫓。我が都を支える力の源」

 尊大な態度を隠さなくなった氏綱は、仰ぐように両手を広げた。
 大仏殿よりもさらに巨大な空有に据えられたそれは、大仏よりも巨大な筒のようなもの。
 それに、口縄のごときものが幾重にも絡まっている。
 周囲には水が流れ落ち、水の気が溢れ、それとともに、膨大な数の人の声が聞こえた気がした。

「やはり、ここに集まっておったか」

 姫が疲れやすい、と言っていたことを思い出す。
 大和中の人々から力を少しずつ、ここに集めているのだと姫は推測していたのだ。

「だが、それだけではないな。
 集めた力を遥かに超える力があの筒の中から生まれてきておる」
「さすがは藤堂の姫、気づいておいでか。
 これなるは我らが秘儀、放神の儀。
 人々の力を集めて、さらなる力を幽境の彼方より呼び出す無限の秘法」

 高らかに告げる氏綱に、姫を超える威厳を覚えたのは否定できなかった。
 薪を燃やすことすらなく膨大な熱を取り出し、人々に幸いをもたらす力は、人々の力によって成り立っていた。

「幽境とはよく言った。
 それが何かわかっているからのあの兵であるな」
「いかにも。御下問の答えとしては納得していただけたかな」
「とくと分かったわ。この愚か者め」
「ではどうする、藤の姫よ。そこな忠臣に命じて儂を切らせるか」

 姫の顔が悔しげに歪みながらこちらを向く。
 しかし、我は動けなかった。

「無理ですな。背後から今貴方様に切りかかっても、おそらくその首取れますまい」
「ほう。姫が刀だけでなく鎧と頼むだけのことはあるようだな。腑抜けた北面の武士如きとは違うか。これは非礼を詫びよう」

 今ならば氏綱の周りを取り巻く力が見える。
 悔しいが、その力は我が及ぶところではない。
 この身を捨てて切りかかってもおそらく倒せない。
 ならば我の為すことは、最期まで姫を守ることにあるのだった。

「さて、どうするかね、姫。このことを帝に告げに都に戻るか」

 氏綱はわかっている。戻ったところで何一つ意味はない。
 都には姫と私以上の霊的な刺客はいない。戻ったところで将軍にも帝にも威光はない。
 足利将軍が守護大名に号令をかけたところで、関東管領何するものぞ。それを討ち果たしてきたのが北条早雲と北条氏綱なのだ。
 この霊子櫓を見た以上、姫は、ここにいるしかない。ここにいて、氏綱を倒す機会を待つしかない。
 いや、氏綱を倒すだけでは足りない。この霊子櫓をひっくり返すだけの機会を伺うしかない。

「愚問だな氏綱。妾の答えはわかっているのであろう。そのために妾にこれを見せた」
「いかにも。されば貴女に機会を与えよう。
 そして、今更ながら告げよう。ようこそ、我が夢の都、風水都市大和へ」

夢織時代 <zvoejguhin> 2016/09/27 00:02:44 [ノートメニュー]
Re: 対降魔部隊SS外伝「全ては海へ」 [返事を書く]
本編二



 かくて、我の大和での暮らしは続くこととなった。
 勅使の一行は、姫のしたためた文書を手に都に戻る。
 姫と我が暮らしていた住まいには代わって我の妹が住まうことになった。
 そして我と姫の住まいは聖魔城の中に用意された。
 姫はこれでもかというほどあからさまに、霊子櫓を運用する役目を氏綱から依頼された。
 我はその傍にいて常に姫の警護をする。
 ここは氏綱の居城にて、その氏綱が姫を狙っていることはもはや火を見るより明らかだった。
 それを我が警戒していることをわかった上で、氏綱は我が姫の傍に侍り続けるのを認めていた。

 霊子櫓の運用を担うのは、主に百余を数える陰陽師たちである。
 今では姫もその一員に名を連ねることとなった。
 大和中から集めた人々の力を束ねて、櫓にくべる。
 例えるなら、薪を炉に投げ込む力より、炉で燃える力は大きい。
 霊子櫓から得られる力は、くべられた力より遥かに大きく、大和の隅々にまで行き渡っている。
 海の水から塩を抜いた水を持ち上げ、水を巡らせ、水を温め、水の気を巡らせ、湧き上がる力で風をも巡らせる。
 大和に到着してからの一月、姫が担っていた仕事はその一端に過ぎなかった。
 このような仕組みを、氏綱本人が思いついたものとは思えない。
 早々にその出処を姫は突き止めた。
 百余を数える陰陽師たちの頭である、香神と名乗る者。

「そなた、九尾の知り合いでもいるのか」
「なるほど藤堂の姫。衰えた土御門の当主よりは大分やるようだな」

 この者の気配は人のそれではない。
 妖狐と呼ばれるあやかしの一種。
 都でも二尾や三尾の者ならば遭遇したことがあるが、この者はおそらく五尾か六尾。
 人よりかなり長くを生きながらえて来たものだった。元は異朝から渡来したものと聞く。
 霊子櫓の秘法は大陸、あるいは天竺から由来したものかもしれぬと姫は推測を立てていた。

「氏綱をそそのかしたのは貴様と、あと何人かいるようだな」

 百のうち、ニ割ほどが人ならざる者だった。
 竜神の末のような者、烏天狗、猪のごとき獏、神鹿の末裔、鱗粉を纏う者、土蜘蛛一族といったところだった。

「そそのかしたなどと、あれをみくびりすぎだな。
 吾らはあれの夢に賭けたのよ」
「夢とな」
「人と魔が共に暮らせる世を。
 吾らが坂上田村麻呂に託しながら一度は破れた夢を、朝廷落ちた今こそ叶えるのだ」

 それを聞いた姫は、ひどく、考え込んだ顔をした。

「邪魔はさせんぞ小娘。
 そなたがいかにあれに気に入られていようと、いざとなれば貴様は吾が焼き尽くす」

 言うと香神は衣の間から尾を振りかざした。
 即座に我は姫の前に立ちはだかる。
 その数、六つ。
 狐火と呼ばれる炎も、これほどの術者が使えば恐るべき力を持つ。

「だが小娘、貴様ならばあれの為すことを理解できよう。
 滅びゆく京を見てきた貴様ならば。
 未来を見つめる全ての人の子よ、強い力の意味を知れ。知らねばならぬ。
 ゆえに吾は貴様を殺さぬ」
「やはりそうか。そういうことか」

 姫はまなじりを決すると、我の手を取って足早に駆け出した。
 無論、行く場所は氏綱の下である。
 呆れたことに氏綱は、己の居室まで姫の侵入を許していた。

「あの霊子櫓の真の用途は、矢、いや、弓なのだな、氏綱」
「素晴らしい。さすがだ姫よ。あれこそが強き力。世界を変える力、人々を守る力だ」
「あの筒を向けた先は西、ならば狙うは京よな」
「いかにも、名前だけの帝と将軍などもはや不要。
 いやさ、それに力が無いからこそ、人心はかくの如く成り果てた。
 されば、坂東の武者たるもの、目指すものは決まっておろう」
「新皇、だな」
「姫よ、そなたは賢い。
 京を見た。我が夢の都を見た。
 そなたが正しいと思うは何ぞ。
 そなたが守るべき者はあの都にない。
 そなたを縛る古き朝をも、焼き滅ぼさむ天の火もがも」

 その一節は、万葉集に謳われる、激しき恋の一首の下の句。
 それは、あまりに激しい恋の告白だった。

「氏綱……さま」

 差し出された氏綱の手を、姫がそっと取る。
 我は、止められぬ。
 我は姫の刀にして鎧。
 姫が求めるものならば、それは、止められぬ。
 止められぬ。
 止められぬのだ。

 姫の手を取ったその手がそのまま腰に回る。
 抱擁の激しさを目に出来ず、我はその場に平伏する。

「強い力で、貴女を守ろう。全ての敵から」

 二人の姿が御簾の先へ消えるのを、握りしめた拳から血が滲むままに見送った。

「藤の姫は吾等が朋となったか」

 その場にて一刻ほども動けなかった我に声を掛けてきたのは香神であった。

「一つお聞かせ願いたい。霊子櫓はいずこより伝わったものか」
「大秦国にかつてあったという、西の平安京のものと聞く」

 大秦国。かつて漢の時代、天竺よりも西方にあったと聞く伝説の王国だ。
 されば、ここは西方浄土か、それとも地獄か。
 それすらわからぬままに、我は妹の暮らす住まいへと移った。



 姫と氏綱との間に何が有ったかはわからぬ。
 知るつもりもない。
 ただ、氏綱が為そうとしていた霊子櫓の弓としての使用はしばし止まることになる。
 姫は聖魔城の奥に住まい、我は北条軍の兵士として城外に出て刀を振るうことが増えた。
 北条軍の兵士には、驚くほどあやかしの者が多かった。
 人の世で生きられなかった者たちが、居場所を求めて戦っていた。
 六臂を持つ土蜘蛛の戦士たちとは都の北西で戦ったこともあったが、そこで会った者たちよりも遥かに生き生きとしていた。
 我が戦っていた、我が倒そうとしていたものは、なんだったのか。
 そうして、一年余りの時が過ぎた。
 あるいは、この大和こそが平安なる都になるのかと、思おうとしていた。



 死闘だった。
 ある程度手の内をわかっているからこそ、裏をかいて辛うじて勝てたに過ぎない。
 我が今切り伏せたのは、裏御三家が一つ隼人家の剣士。
 大和全土に張られた結界により察知した御屋形様、……氏綱様より、我に直々の命が降った。
 一年余りの間、戦場にい続けた経験が無ければ勝てなかっただろう。

「御屋形様は殺させぬ。不本意だが、ここはもう我らが都なのでな」
「莫迦……め、俺が殺せと頼まれたのは、氏綱ではない……」

 確かにおかしいと思った。
 本来、動くのならば奥州に在する真宮寺家であろう。
 九州に在する隼人家に命じることができる者は、京しかありえない。
 何のために。誰を狙って。

 裏御三家を裏切った姫しかありえない。




「敵のない国などなかったな。やはり、強くあらねばならなかった」

 御屋形様は、我の働きを労った後、深く深く嘆息された。

「綾に諭され、使わぬ力こそが強いと思おうとしたのだが、儚き夢であった」

 御屋形様は姫を名で呼ぶが、それについて我が何かを言うことはない。
 御屋形様は横に控える香神を見やって、決まったことのように告げた。

「香神、京を滅ぼすぞ」
「そのお言葉、お待ち申し上げておりました」

 やむを得ぬ。
 もはや京にあるは、我と姫の敵しかないのだ。




 何が間違っていたのかは今でもわからない。
 あるいは、身を以って氏綱の野望を抱え込んでいた姫こそが最期まで正しく、我々は全て間違えていたのかもしれない。

 京を滅ぼすべく霊子櫓に力を蓄えるには、大和中から人々の力を集めてもなお準備に相応の時間がかかる。
 香神はおよそ一月かかると告げた。
 準備さえ整えば、それが為されることには何らの障害もなく、むしろそれに伴う新皇戴冠の準備で我らは多忙な日々を過ごしていた。
 九割ほども準備が進み、霊子櫓に強大な力が蓄えられた日。
 忘れもしない、忘れるはずもない。
 その夜は、赤き月が昇っていた。

 聖魔城での仕事を終え、酉の刻を大きく過ぎ、亥の刻にも近くなった頃に、我は妹の待つ住まいへ帰った。
 妹はそんな我を迎えるべく、遅くなっても夕餉を用意してくれていた。
 律儀に我に付き従ってくれている出来た妹だが、そろそろ嫁入り先を決めねばならぬと考えていた。
 幸いにも、評判は悪くない。
 味噌汁を一口啜った時だった。
 大和の内外を出入りする者しか気づかないあの疲労が、不意に、跳ね上がった。
 あまりの疲労に、手にしていた椀が手から転げ落ちる。
 だが、妹はそれでは済まなかった。
 畳の上に転がり、真っ青な顔で体を震わせている。
 まだ死人の方が生気があるとすら言えるほど、生きている気配がしなかった。
 今の今まで、笑顔で我に膳を出してくれていた妹が。

 愕然とした我が気を取り戻して妹に駆け寄ろうとしたとき、大和全土を揺るがすような鳴動と轟音が駆け抜けていった。
 それとともに、あたりに魔の気配が満ちる。
 何が、何が起きているのか。
 妹の体の至る所が青紫に腫れて膨れ上がり、鱗のようなものが生じていく。
 京で姫と共に魔物を払っている最中に、このような変化は幾度か見たことが有る。
 己の妄執や欲望に耐えきれず、生きながらにして鬼となりゆく者が、蛇や蜥蜴のような畜生にも似た姿に成り行くのを。
 だが、妹に鬼になりゆくようなそんな妄執など無い。断じて無いはずだ。

「あ……に、うえ……」

 涙をこぼしながら、息も絶え絶えに妹が我に呼びかける。
 妹も我や姫とともに生きたから、知っているのだ。
 鬼となった者が、人として死ねるものではないと。
 六道からもはじき出された外道として、未来永劫苦しむのだと。
 今ならば、今ならばまだ間に合う。
 この場に姫がいたのなら、あるいは清浄の巫女の力でどうにかしてくれたかもしれない。
 だが我にあるのは、剣の力のみ。
 その我が妹にしてやれることは、これしかなかった。
 幼き頃より共に生き、共に育ってきて、我を支え続けてきてくれた妹にしてやれることは、もう、これしか無かった。

「南無三っ」

 全てを振り切って、妹の胸に愛刀を刺す。
 今まで、幾百幾千の人も鬼も妖も切って来たが、これほどに突き刺す感触が我の手に残ったことはない。

「あ……り、が……」

 妹の最期の鼓動が刀を通して伝わり、次の鼓動は来なかった。
 生成りであった妹の体は、辛うじて人の姿に戻って止まった。
 辛うじて、我は、間に合った。

 いや、もう一人。
 それに気づいて、この手で殺したばかりの妹の体から刀を引き抜く。
 弔ってやる時すら無く、振り切るように駆け出した。

 外は地獄と化していた。
 鬼になろうとしている者と、それを助けようとしている者。
 だが、只人に鬼を助けることなどできようはずもない。
 駆けながら手の届く範囲にいた生成り者は、せめて人であるうちにとばかり、一振りで首を飛ばしていく。
 それ以上助けることは、今の我にはできぬ。
 悲鳴と、絶叫と、念仏と、題目とが飛び交う中、聖魔城へと駆けていく。




 何十何百切ったかも覚えていない。
 それでもなんとかたどり着いた霊子櫓の間は、暴風が吹き荒れていた。
 いやそれは風ではなく、飛び交っているのは魔の力だ。
 中心へ向かうことはおろか、向かって目を開けていることすら困難なそこが、やはり全ての元凶であった。

 御屋形様と香神を始めとする陰陽衆が櫓の周りに倒れている。
 そして、姫が筒の前に立ちはだかっていた。
 生きていた。
 まだ生きて、人のままであった。
 姫は藤堂の当主として清浄の巫女という力を持つ。
 今我がここに来るまで、櫓から溢れる力を姫が身を挺して防いでいたからこそ、大和全土の被害がこの程度で済んでいたのだと悟った。
 だが、姫の力とて無限ではない。
 我が来たことに気づいたのか、姫が振り返ろうとして、ぐらりとその体が揺らぐ。
 姫が堪えていた霊子櫓の力が一層その強さを増し、遥か離れている我の体さえ吹き飛ばそうとする。
 櫓の間近にいる姫の体には、一体どれほどの魔の力が注ぎ込まれているのか。
 こんなものに、人の身が耐えられるはずがない。
 我がそう思った瞬間に、姫が纏っていた単衣が粉々にちぎれ飛ぶ。
 いつぞや以来に目にした姫の裸身は、もはや少女のそれではなく、御屋形様の室としてふさわしいものになっていた。
 だがそれ以上に、姫の全身から黒い炎が吹き出す。
 姫が浄化しようとしてしきれない魔の力が、姫の体を変えようとしてる。
 姫が鬼に成り果てれば、その身で防いでいた幽境の力によって、どれほどの鬼になるか。
 酒天童子をも凌ぐ、本朝に冠たる鬼になることは疑う余地もない。
 そうなる前に。
 妹を始めとして、数え切れぬほどの人と鬼の血を吸った刀を握り直す。
 だが、吹き付ける魔の力を掻き分けて進もうとしているが、霊子櫓の間は広すぎる。
 これは、間に合わぬ。
 姫に最も近いところに倒れているのは、御屋形様であった。
 声を限りにして叫ぶ。

「お屋形様っ、姫を、姫が人であるうちに」
「次郎……の言う通り、妾を、殺して……今すぐ」

 かつて我にすがって遊んでいた無垢な少女の瞳そのままの顔を、わずかのひととき我に向けてから、姫が御屋形様にすがる声が確かに聞こえた。

「ああ。貴女を殺そう、すぐに」

 御屋形様は体の至るところが抉られて流血しながらも、我と姫の懇願を聞いて立ち上がる。

「麗しい人よ、貴女の瞳をずっと、見つめていたかった」

 御屋形様が手にする刀は、かつて藤原秀郷が平将門を討った折に手にしていた霊剣という。
 いかに姫が生成りとなろうとも、あの霊剣ならばまだ間に合うはず。

「このまま貴女の愛を知らぬまま、我は貴女を失う」
「この……まま、貴方の……愛に貫かれて」

 御屋形様が霊剣を振り上げる。
 その切っ先が揺らぐ。
 御屋形様の姫への愛が、今は、あってはならなかった。

「御屋形様あっ」
「愛しい貴女、ずっと……」

 我の声に叱咤されるかのように、御屋形様が霊剣を振り下ろす。

「ああ」

 姫の胸の中心を霊剣が貫いていく様が、ひどく緩やかに見えた。
 ほとばしる血しぶき、背中へと突き通る切っ先。
 だが、ぐらりと仰いだ姫の両手が泳いだかと思うと、よろよろと自らの腹をかばおうとした。
 それが、意図するところは。

「憎らしい、貴方」

 死に逝く者の目ではなく、何かひどく、この世の全てを見下したような目は、我の知る姫の目ではなかった。

「綾あああああああ」

 無我夢中で駆けていた。
 魔の力を掻き分け、姫の下へ辛うじて駆けつけ、姫の腹へと最後の一太刀を繰り出す。
 姫の腹を裂いたその刀は、そこで止まった。
 そこで我は、間に合わなかったことを悟った。
 姫の胸を貫いていた霊剣が木っ端微塵に砕かれた。
 その背の傷から吹き出した黒き炎が、巨大な鴉のごとき黒き翼を形作って、姫の身体を舞い上げる。
 我が付けたはずの傷すら、瞬時に塞がる。
 只人と違うのは、姫の身体には膨れ上がることもなく、鱗が生じることもなく、美しい人の裸身のまま、ただ翼と瞳だけが人ならざる者であることを示していた。

「あは……あはははははははははは」

 姫の喉から発せられたとは思えぬ、我が心を裂くような哄笑が霊子櫓の間に響き渡る。
 そしてそのまま、姫の身体は、霊子櫓の筒の中へと吸い込まれていく。
 次の瞬間、全てが歪んだ。
 大和全土が激震する。
 遥か下の方で何かが崩壊する音がした。
 大和は、塵を集めて海を埋めた風水都市である。
 本来、海であったところに、海の砂を集めて作り上げた地だ。
 おそらくは、大和を支えていた大黒柱が折れた。
 底が抜けるように、周りの全てが下へと向かっていくのを感じる。
 海を埋めて作った大和が沈めばどうなるか。

「香神よ、御屋形様を新皇でお逃ししろ」

 御屋形様は姫が魔に変じた際の衝撃で、霊子櫓の間の奥まで吹き飛ばされていた。
 そこには、本来なら新皇となる氏綱様の御座所となる、巨大なる絡繰の像が鎮座していた。

「心得た。だが、そなたはどうする」
「ここで姫と共に死ぬ」

 それを、莫迦なことと一笑に付すこともないくらいには、この妖狐にも情けがあったらしい。

「そうか。さらばだ」

 その返答を聞いて、我は霊子櫓により掛かるように倒れた。
 この中に姫がいるのなら、我は最後までそれに従うのみ。
 香神が御屋形様を新皇へと担ぎ込み、新皇が周囲の岩盤もろとも空へと舞い上がっていく。
 遥か地下にあったはずの霊子櫓の間から、新皇によって砕かれた天井より赤き月が見えた。

 これが今生の光景かと、もはや自害する力もなく見上げていると、やがて海の水が流れ込んできた。
 海から生まれたはずの大和が、海へと還っていく。
 海から生まれたはずの全ては、海へと還っていく。

 手にしていた愛刀は逆巻く海の水に絡め取られていずこかへと消える。
 妹と、姫と、多くの人々を切り裂いた刀は、もはや人の手にあってよいものでもあるまい。
 ただ、その刀で自害することは叶わなくなった。
 溺れて人として死に海月となり果てるか。
 それとも、霊子櫓の傍では人として死ぬことも許されず魔物となり果てるか。
 もはや、いずれでもよい。

 見えゆく世界が歪んで見えて、我は涙していることに気づいた。
 その涙さえ、海へと流れて消えていく。
 この都に集まった憎しみも、力も、夢も、愛も、野望も、何もかもが。
 全ては、海へ。





 時に、大永四年。
夢織時代 <zvoejguhin> 2016/09/27 00:03:18 [ノートメニュー]
Re: 対降魔部隊SS外伝「全ては海へ」 [返事を書く]
序章


 既に、海ではなく。
 ここは、大和ではなく。

 空から見下ろせば、赤茶色の四角い石を連ねた見覚えのない街だった。
 隣には、我と姿を同じくする者たち。
 爪を持ち、牙を持ち、翼を持つ者たち。
 叫びながら、爪を振るう。
 叫びながら、酸を吐く。
 叫びながら、嵐を巻く。

 なにゆえに、助けてくれなかった。
 なにゆえに、我らを水底へ沈めた。
 なにゆえに、
 なにゆえに、

 怒りも苦しみも悲しみも言の葉にならず、陸に有りながら海に棲まう魚のような口から、人ならざる叫びとなるのみ。
 その恨みを受けて、身体に沿った奇っ怪な衣を纏った人々が逃げ惑う。
 牛の無い牛車を砕くと、かつて大和で見た水の気が噴き上がり、炎が舞う。

 刀を持って立ち向かう者たちもいる。
 手に収まる筒のごときものから矢を打ち出す者もいる。
 だが、そんなもの、我らの恨みの前に何の役に立つ。
 我らと同じように、我らの仲間になれと、切り裂く、食らう。

 その中に、

「破邪剣征、桜花放神……!」

 桜色の風が駆け抜け、我らの同胞の一群があえなく倒される。
 現れたのは、抜身の刀を手にした四人の士。
 彼らの振るう技の前に、我らは次々と斬り伏せられていく。

 男が三人、うち老人が一人。
 今しがた剣を振り抜いた一人の気配は覚えがある。
 真宮寺家の当主が、あのような破邪の力を持っていなかったか。
 そしてもう一人は、まだ歳の若い少女。

「……!」

 あ、や、と叫ぼうとした声は言葉にならず、驚愕で我は羽ばたきを忘れた。
 年の頃も近いだけではなく、あまりにも、あまりにも似ていた。
 呆然とした我は、少女以外の士がいることを忘れていた。

「彩光紅炎、朱凰滅焼!」

 背後から振るわれた恐るべき一撃を喰らい、身体が胸から下を焼き尽くされた。
 無我夢中で逃げる。
 何故逃げる。
 死してよいと思ったのではなかったか。
 いや、綾がいるなら、綾がいるのなら、我は生き延びねばならぬ。
 なんとしても、なんとしてでも。

 逃げた先に、両親と少年と少女の四人組がいた。
 喰らおう。
 食らって我が身とし、我は生き延びよう。
 首と右腕だけの我でも、人を倒すに苦労はしない。
 少女をかばって両親が倒れる。
 その両親の遺志を受け継ぐように、少年は少女を背にして守ろうとする。
 その身体、我が生き延びるために、貰う。

「化物め!妹は、ミキだけは絶対に殺させないぞ!!」

 少年に食らいついた瞬間、少年の意思が閃いて我を貫いた。






 時に、太正六年。
 少年の名は明智小次郎。

 これより十年後、再びあの刀と出会うときが来る。


同人版「ミステリアス巴里」へ続く
夢織時代 <zvoejguhin> 2016/09/27 00:03:47 [ノートメニュー]
Re: 序章 [返事を書く]
あの頃を思い出しつつ

「という話があったのだが、お主ら覚えておるか?」
「さあ? 妾は知らぬな」
「そんな昔のこと、覚えてるわけないよ」
「うが・・・」

 ずんぐりとした人に似た体躯と、口元から伸びた人に非ざる牙を持つ男−−上級降魔・猪の問いに、「蝶」と「鹿」と「猪」が答える。

「お主らには聞いておらぬわ!!」
「ひひひひひ」

 激昂した猪に子供のような「鹿」が子供にはあり得ない邪気をまとった嘲笑を返す。

「新参風情が・・・!!」
「遊んであげようか? オ・ジ・サ・ン」

 全身から獄炎の如き怒気を放ち始めた猪に「鹿」は一切怯まず、一歩も退かず、さらに邪気を深めた笑みを返す。いつの間にか両の手の爪が、長い。

「はいはい。じゃれ合うのはそこまで」

 いつ戦いが始まってもおかしくない殺意を、黒い翼を背負った美女が軽くいなす。

「喧嘩するのもいいけど、納期が近いんだから手は止めちゃ駄目よ」

 そう言う美女−−降魔・殺女の手元には一輪の紅い薔薇が咲き誇っている。
 いや、手元だけでなく座した椅子の周囲には、紅く白く黒く・・・黄や桃、青まで含めた色とりどりの薔薇が、ダンボール箱に綺麗に詰められている。

「この一つ一つが叉丹様の大望の糧となる・・・
 ああ・・・なんて美しい」
「そうは言うがな蝶よ。何故に最強降魔たる俺が・・・造花の内職、なんぞ・・・を」
「愚問よの。あの方の為に全てを尽くしてこその黄昏の三騎士。
 そなたも直に名を賜ったであろうに、そのような事もわからぬのか?」
「旧式の霊子甲冑如きに不覚を取り! 不動を失った無能な輩にっ! 三騎士のなんたるかを語る資格などないわ!!」
「なぁんですってぇええええっ!!」

 と再び一触即発の気配を高めつつも、蝶と鹿と「蝶」の手元は淀みなく動き次々と薔薇の花が形を成してゆく。

「うが」
「あら、ありがとう」

 手元に材料が足りなくなった、と思う間もなく「猪」がこまめに補充。出来上がった造花の置き場が足りなくなった、と言う前に「猪」がダンボールに手際よく詰め込む。

「あなたがいて本当に助かるわ」
「うが///」

 殺女の人であった頃のような優しい笑みを向けられて「猪」が照れたような声を出す。能面をさらに簡素にしたような仮面に覆われて素顔は見えないのに、そこはかとなく面が赤くなっているように見えるのは気のせいか。

「で、昔の話がなんだと言うのだ、猪」
「まあどうと言う事もないのだが。
 ふと思い出してな」
「氏綱様のことかしら?」
「あれは、よい時代であった・・・ような気がする」
「そうさな。おぼろな記憶ではあるが、あのお方の御為に我が力を高めようと望んだ・・・ような気はするな」
「叉丹様に勝るとも劣らぬ素晴らしいお方であった・・・ような気もするわね」

 かつての思い出(?)をしみじみと語り合う三騎士。
 残っているのは漠然とした印象だけで、具体的な思い出と呼べる物は長い歳月の間に完全に損なわれてしまっても、何か強い芯のような印象は残っているようだ。

「あーーー君たち年寄りくさいよ?」
「ほうっておけ「鹿」、所詮は古代の遺物。
 出番もなくなった者どもには昔話がお似合いよ」
「う、うが;;;」

 その姿に白けた目を向ける「鹿」と「蝶」
 唯一「猪」は慌てた風な反応をしているが、意に介する二人ではない。

「きっさまぁああああああああああああ!!」
「出番がないだとぉおおおおおおおおお!!」
「い、言ってはならない事をぉおおおおおおおっ!!」

 冷たいツッコミが逆鱗に触れた。
 もう止まらない勢いで三騎士の妖力が跳ね上がって行く。

「ほほほほほほ、遺物が一人前に切れおった!」
「殺る気だね! いいよ、やろう!!」
「うぅがぁああああああああああああ!!」

 二組の「三騎士」達が造花を蹴散ら・・・さないように気を配りつつ、全能力を発揮出来る場所を求めて飛び出してゆく。
 一人残った殺女は、ふう、と小さなため息をつきつつ、薔薇の花を詰めた大量のダンボール箱に順に封をしてゆく。

「なにやら騒がしいが仕事は終わったのか?」
「あら叉丹様。ちょうど今、数がそろったところですわ」
「そうか・・・」

 部屋には二人きり。状況としては別に珍しい事ではないが、珍しく叉丹の雰囲気が普段と違う。

「どうされました?」
「いや・・・猪の話が、聞こえてな」
「あら」

 照れたような、惑ったような、常にない表情は、葵叉丹ではなく、そう名乗る遙か以前の「山崎真之介」に近い。

「私はお前に降魔の種を植え付けた。
 その種が氏綱のかつての想い人であったのなら、お前は・・・」
「叉丹様」

 つ、と殺女の細い指先が叉丹の唇を押さえる。

「わたしの想いはわたしの物。
 かつての誰かの想いを受け継いでいたとしても、今抱いているのはわたしが育てた物。
 誰かの影を重ねて、あなたを想っていた訳ではありませんわ」
「・・・・・・・・・・」

 優しく語りかけるその顔に、叉丹は真之介は氏綱は、殺女のあやめの綾姫の面影を重ねずにはいられなかった。

「それはあの者達も同じ」

 遠い記憶を見つめるような叉丹に気付いたのか気付かないのか、殺女は外から聞こえる爆音に目を向ける。

「どちらの者も皆、叉丹様のために、今のあなたの力になろうと想っています。だから・・・」

 唇に触れる殺女の手を叉丹の手が優しい動きで包む。

「わかった、もう何も言うな」
「はい」

 外でぶつかり合う強大な力も、内にある強固な想いも、全ては過去から引き継ぎ今の己が選び取った物。
 であるならば・・・

「次こそは、我らが勝つ!!」

 この意思を、想いを束ね。
 予定された敗北でも、天使の救済でもない、新たな未来を掴み取る。

「猪よ! 鹿よ! 蝶よ!!
 「猪」よ! 「鹿」よ! 「蝶」よ!!
 忠実なる全ての降魔どもよ!!
 来たるべき最後の戦いの為に、持てる全ての力を我に捧げよ!!」

 その強い言霊は、ぶつかり合う二組の三騎士を貫き、決戦を控えたあらゆる降魔に轟き渡った。

 地鳴りのような鬨の声が周囲を包む。
 彼らは待っているのだ。
 繰り返される決戦の新たな展開を。
 漫画版の完結を、そして「もうひとつの第十話」の新編を!!

「さあ・・・征くぞ、帝国華撃団!!
 次こそは我らの勝利だ!!」












「じゃあ、これお願いね。
 大切な商品なんだから、運搬は丁寧に。
 美味しそうな子がいても襲っちゃダメよ?」
「ぎー」

 ダン−ル箱を抱えて小型の降魔達が向かうのは銀座。
 宛先は「大帝国劇場小道具係御中」。
 そう、それは次の演目で舞台を飾る薔薇の花園の素材なのだ!!


(完)






 えーと。

 超即興ですが、読んでたら久々にスイッチ入ってしまったのでw
 最近はサクラとの縁も薄くなってかなり記憶が曖昧になってますが、まだ、心の芯に残ってる物はあるんだな、と。
 今回の作品を読んで思い出させてもらいました。

 ありがとうございます。
まいどぉ <kklvikzqqe> 2016/09/27 02:35:25 [ノートメニュー]
Re: あの頃を思い出しつつ [返事を書く]
くるくると回る
(@@)DCばりのフォーム一発書きでこれとかー!
しかもオチがー!オチがー!

素晴らしい即興SSありがとうございます、夢織時代です。

結局今なおあの辺りが解明されないまま残っているわけでして、政先生の漫画版でもさすがにさらに過去までは書かれないとなると……
> 繰り返される決戦の新たな展開を。
> 漫画版の完結を、そして「もうひとつの第十話」の新編を!!

ふんぎゃああああああ!(ゴロゴロ
という己の宿題と向かい合うことになりました。やっぱり。

漫画版の「猪」「鹿」「蝶」の設定はものすごく好きなのですが、でも三騎士が出てこないのはやっぱりちょっとさびしいものであります。
上級降魔ってそもそもなんだったんだろー、というあたりの考察の踏み台あたりを今回ちょっと追加しました。
これらと、同人版ミステリアス巴里の後の帝都編構想と、対降魔部隊SSオリキャラたちの関係をどうにかこうにかしたいという野望はまだ捨てきれていなかったりします。
……三十周年までにはどうにかしよう(マテ

それでは、またいずこかの機会にて。
誠にありがとうございましたm(__)m
夢織時代 <zvoejguhin> 2016/09/28 00:58:05 [ノートメニュー]
Re: 序章 [返事を書く]
逢坂の関からアッチが
分別なき土地柄ということは、私も分別と思慮に欠けた土地の出なんですなあ、
琵琶湖の水止めんぞ!>それが思慮と分別に欠けた発言なんだよ

コホン。

執筆お疲れ様でした。前夜の前夜、面白く読ませていただきました。最終的に
裏御三家も総登場ということで、この辺書かせたら流石ですね( ̄▽ ̄)

後に続かせるキャラ名と配置がいいし、また「すべては海へ」の用い方も
流れるように描かれていて素敵、作詞者も草葉の陰で照れていることでしょう。
>死んでへん、死んでへん


あ、俺っちラスボスが邪念に満ちた氏綱なのに、昔の氏綱は悲哀で落ち延びた
哀れな男に書かれてる。(笑)
Rudolf <lyyurczxxp> 2016/10/17 21:46:45 [ノートメニュー]
Re: 逢坂の関からアッチが [返事を書く]
私も実は
生まれは浦和だったりします。まったく覚えておりませんが。
こんばんは、夢織時代です。
いやあ、まさかここまで見事にネタが被るとは予想外でした。そもそものところは、大和って風水都市って言ってるけどどんな都市生活を送ってたんだろう、ってところから考察がスタートしまして、あの岩山群が近代的な高層建築なんじゃないか、って発想からあれこれ作り上げていきました。
そうなると氏綱様すごくね?というところで、あれよあれよという間にこんなことに。
大本の発想は十四年前の対降魔部隊SS最終回にあったんですけどね。
なにかの折に、「すべては海へ」ってタイトルはまさに海に沈んだあの都じゃないか、というところで頭のどっかでラインが繋がりました。
確か歌詞サイトに参加していたときでして、歌詞サイトの解説にもそれらしいことを書いた覚えがあります。
思いついてから十年くらい暖めて(SSを書かずに放置して)おりましたが、ようやく形にすることができました。

ありがとうございました。
夢織時代 <zvoejguhin> 2016/10/21 00:48:42 [ノートメニュー]

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