アインシナリオ・二日目




bg火事の埼玉街区
群衆「うわああああ、逃げろ!逃げろ!」
若小次郎「何!?何が起きたんだ!?」
男「坊主、ぼやっとしてるな!逃げるんだよ!」
若小次郎「逃げるって……、どうして」
男「降魔だよ!四月に帝都に現れたって魔物が、こっちにまで来たんだよ!」
若小次郎「魔物……」
男「あ、坊主!そっちじゃねえ、戻れ!」
若小次郎「家には妹がいるんだ!俺が守らなきゃ!」
男「馬鹿野郎!そっちに来てるんだって!」
若小次郎「父さん……、母さん……、ミキ……!」
若小次郎「間に合え……!間に合ってくれ……!」
若小次郎「ミキ……!」
ミキ「おにいちゃん!おにいちゃん!」
父「戻ったか、小次郎。ミキはお前が背負え。儂は母さんを背負う」
若小次郎「はい、わかりました。ミキ、しっかり俺に捕まれ」
ミキ「うん、おにいちゃん」
母「ごめんなさい……、私の身体が元気ならこんなことには」
父「謝ることか。そなたもしっかりと捕まれ。いくぞ」
若小次郎「はい!」
父「よし、行けそうだな……」
降魔「ギエエエエエエエエエエッ!!」
若小次郎「魔物……!!」
母「あなた!小次郎!行きなさい!」
父「お前、馬鹿な真似を……!」
若小次郎「父さん!母さん!」
父「行け小次郎!何が何でもミキを守り抜け!父と母の最後の願いと心得よ!」
若小次郎「う……あ……ああああああああああっ!!」
母「御仏よ、あの子らを守り下さいませ……」
父「人外の魔物めが。この明智修一郎の命、ただで取れると思うなよ……!」
降魔「ギ……エ……?」
父「おおおおおっ!」
降魔「ギエエエエエエッ!」
母「あ……、御仏よ……」
父「小……次郎……、ミキと……生き……」
降魔「ギエアアアアアアッッ!」
若小次郎「化け物め……!ミキだけは……、妹だけは、絶対殺させないぞ!」
bg暗転
若小次郎「ミキだけは……!ミキだけは……!」
bgアパートの中
小次郎驚「あのときの……記憶か。十二年も経って、どうして、今頃になって……」
小次郎常「……一風呂浴びるか」
soundノック
より子常「明智さん、ご在宅ですか」
小次郎常「来たか。早朝から仕事熱心なことだ」
小次郎常「今入浴中だ。マスターキーがあるなら入って待っていてくれ」
より子驚「え……!あ……、そ、そんなことは致しません。カフェで待っております!」
小次郎常「……悪いことを言ったか?しかし、音が筒抜けだな」
小次郎常「ふう、さっぱりした。カフェと言っていたな」
bgカフェ
cgより子
小次郎常「待たせたな」
より子照「い、いえ……、こちらこそ失礼致しました」
小次郎常「(あまり男に免疫が無いのか……?)」
小次郎常「済まないが、朝食がまだなので注文していいか?」
より子照「ど、どうぞ……」
小次郎常「パンと卵、それにコーヒーをホットでくれ」
エヴァ「わかったわ。コーヒーは少し待ってね」
より子常「洋風に慣れていらっしゃいますね」
小次郎常「お調べの通り、以前欧州に来たことがあったからな。それで、この対面で朝の消息確認はいいのか」
より子常「そのつもりでしたが、本日登庁してきた大使が、明智さんにお目にかかりたいと申しまして」
小次郎常「私的にか?公的にか?」
より子常「両方です」
小次郎常「……まあいい、公的な方は想像が付く」
より子笑「ご同行願えますか。ありがとうございます」
エヴァ「お待たせ。ごゆっくり」
小次郎常「ああ、いい香りだな。さて、そういえば赤城三郎の消息について進捗を報告しておくべきだな」
より子驚「もう何かわかったのですか?」
小次郎常「あんたはかなり行儀のいい捜索をしただろう。裏ではすぐにわかるくらい話題になっていたぞ」
より子常「……ということは、あまりよい知らせではありませんね」
小次郎常「残念ながらな。薬の売人グループをまとめているという噂だ」
より子驚「……!」
小次郎常「犯罪に巻き込まれた、じゃ済まなくなりそうだぞ」
より子常「そうですね……。もし彼を見つけたら問答無用で身柄を確保して下さい。責任はこちらで取ります」
小次郎常「……えらく頼もしいな」
より子常「この巴里で日本人が犯罪を犯すことで、よい状態にある巴里の対日感情を悪化させたくありません」
小次郎常「それはそうだな。あの刑事もそうだったが、巴里は意外なほど日本人に親切だ」
より子常「色々とありまして。もちろん貴方も、ここでは日本人を代表して扱われることをお忘れなく」
小次郎常「心得た。外国での恥は日本人全ての恥となるからな」
より子常「その通りです。……大使にも見習っていただきたいものなのですが」
小次郎常「?」
より子常「いえ、失礼しました。そろそろよろしいでしょうか」
小次郎常「ああ、行こうか」
cgローラ
ローラ常「あの……、済みません。貴方が明智小次郎様でしょうか」
小次郎常「いかにもそうだが……」
ローラ笑「ああ良かった。私はブルーメール公爵家に仕えるメイドの一人で、ローラと申します」
小次郎常「ん?」
ローラ常「我が主人、公爵が長女グリシーヌ・ブルーメールより本日の昼食会の招待状を預かって参りました」
小次郎悩「……と言われてもな。そんな貴族中の貴族から招待される理由がわからないんだが」
より子常「おそらく北大路花火様でしょう。現在ブルーメール家に滞在されて、グリシーヌ様のご友人です」
小次郎常「ということは、花火嬢はやはり北大路男爵家の息女か」
ローラ常「いかにも、仰るとおりです」
ローラ常「ご友人である花火様を救って下さった明智様に御礼申し上げるとともに、是非ともお目にかかりたいと」
小次郎常「そこまでのことをした覚えは無いが、それでは無下にはできんな。より子さん、大使の用事は長引くか?」
より子常「いえ、大使も他の仕事がありますし、そう長引くことはないかと。あと、呼び捨てで結構です」
小次郎常「それなら後から伺うということで構わないか?場所がわからんが」
ローラ笑「はい、ありがとうございます。こちらの招待状に地図を同封しておりますが、この地区内です」
小次郎常「心得た。お招きに感謝申し上げる旨、よろしくお伝え願いたい」
ローラ笑「ああ……、やはりサムライですのね。はい、確かに承りました。それではお待ち申し上げます」
cgクリア
小次郎常「……やはり日本人が妙なイメージで捉えられているな」
より子常「あながち間違いでも無さそうな応対でしたね」
小次郎常「今の俺は探偵なんだが……。まあいい、いい加減に大使館へ行こうか」
bg大使館内
迫水常「やあ、よく来てくれたね。君がかの探偵、明智小次郎か。私が大使の迫水典通だ」
小次郎常「鉄壁の迫水……!このところ帝都の新聞で名前を見ないと思ったらフランス大使になっていたのか」
迫水笑「昔の異名で呼ばれると照れるね。まあ、今はしがない一外交官だよ」
小次郎常「(どこまで本当だか。日本政府がどんな密命を与えているのかわかったものじゃない)」
迫水常「それにしても随分呼んでくるのに時間がかかったね。彼は規定のアパートにいなかったのかい」
より子常「明智様の素行に問題はありません。時間が掛かったのはブルーメール家の使いと対応していたためです」
迫水常「?グリシーヌが?」
より子常「この後明智様は昼食会に招待されています。大使、雑談はほどほどになさって下さい」
迫水嫌「……わかったよ。そんなに監視しなくてもいいじゃないか」
より子常「日頃の行いが肝要かと存じます」
迫水嫌「……」
小次郎常「こちらの話に移ってもらっていいか?」
迫水常「ああ、済まないね。何はともあれ、かの紅蜥蜴のモデルになった探偵にお目にかかれて光栄だよ」
小次郎常「あれはあくまで物語だ。現実とは色々違っているぞ」
迫水常「ファンとしてはそれはさして重要なことじゃないんだよ。この本にサインしてくれないかな?」
より子常「大使……、私でも自重したのに……、大使室でそんなに堂々と……」
迫水常「う……、いいじゃないか、これくらいの役得があっても」
小次郎常「(やれやれ……)」
lipsサインする サインしない>信頼度上昇無しで続き
小次郎常「まあ、減るものでも無いから構わないぞ」
迫水笑「そうか!いやあ、ありがとう。何でも言ってみるものだね」
小次郎常「ここでいいのか。ペンはどうも未だに慣れない」
迫水笑「うん、なかなか達筆だね。こんなことなら筆と硯を用意するんだったよ」
小次郎常「さて、私用というのはここまでか?」
迫水常「うむ、ここからは公用だ。探偵明智小次郎に仕事を依頼したい」
小次郎常「現実とは違うと言ったはずだが。いきなり大使が実力もわからん旅行者に依頼していいのか」
迫水常「そんなことはない。君の帝都での実績は調べさせてもらった。派手ではないが堅実で評判がいい」
小次郎驚「(何だと!?公私混同してあらかじめ調べていたのか?この巴里で帝都の情報をどうやって……?)」
迫水常「猫探しが主だが、人の捜索や追跡も得意だそうだね」
小次郎常「……」
迫水常「ああ、警戒しないでくれ。これは僕の趣味で調べただけだから」
小次郎常「(鉄壁の迫水の裏をはいそうですかと信用できるか)」
迫水常「否定しないところを見ると、この調査結果はそう間違いではないんだね」
小次郎常「どの程度の判断基準かは知らないが、そういう仕事をしていることは確かだな」
迫水常「結構。ではそれを前提として、探偵明智小次郎に依頼したい」
迫水常「昨日発生した、ドイツ人実業家ハインツ・シュペングラー殺害事件の犯人の捜索だ」
小次郎常「やはりそれか。だが無理だ。断る」
迫水常「ほほう、それは何故かね」
小次郎常「ベルギーからの列車内で殺害されたのに駅で非常線を張らなかったんだ。とっくに国外逃亡している」
小次郎常「犯人が巴里にいるならともかく、ヨーロッパ中を探したければ国家機関にでも依頼してくれ」
迫水常「正しい推論だね。だが、犯人が巴里にいる可能性が高ければどうだい?」
小次郎常「被害者はドイツ人実業家と聞いていたが?」
迫水常「彼の主な活動場所は巴里だったんだよ。政財界に影響を持っていたらしくてね。僕も彼と会ったことがある」
小次郎常「……政財界に影響、ね。対立していた団体がありそうだな?」
迫水常「一つや二つではないそうだ。本人が豪語していたよ」
小次郎常「容疑者が絞れないな」
迫水常「そう、だからこそ、現場に居合わせた君で無ければ捜査は困難だと判断した」
小次郎常「……なるほど。だが、そんなドイツ人実業家殺しの犯人を日本大使館がわざわざ調べる理由は?」
迫水常「おや、聞くまでも無いだろう。彼は北大路花火さんと同行中に殺されているんだ」
迫水常「犯人が花火さんを狙う可能性はかなり高い。華族令嬢の安全がいかに重要かはわかってくれるだろう」
迫水常「さらに加えて、犯人は日本人である君を第一の容疑者に仕立て上げた。これは日本大使館への挑戦だよ」
小次郎常「それだけか?」
迫水常「……。それだけ、とは?」
小次郎常「もっと何か別の理由がありそうだと思ったんだがな」
迫水常「ほう、それはまたどうしてだね」
小次郎常「大使館なんて機密情報の塊だろう。部外者の不要な立ち入りは本来避けるものさ」
小次郎常「花火嬢の安全とて、公爵邸に滞在しているならそうそう問題にはならない」
小次郎常「探偵への依頼なんて、政府は普通しない。秘密組織でも無い限りな」
迫水常「どうやら君を期待以上と思っていいようだね。。もちろん理由はある。それは明かせない。これでいいかな」
lips受ける 受けない>迫水の好感度低下。身元引き受けの解除と警察への引き渡しをちらつかされる
小次郎常「鉄壁の迫水にそう言われてはな。了解した」
小次郎常「それで報酬は?赤城三郎の捜索は迷子捜し程度で、宿代で相殺と思ったが、殺人犯捜索は別格だぞ」
迫水常「言い値で構わないよ。値段交渉する気なら最初からしている」
小次郎驚「!!」
迫水常「ふっかけることはないそうだからね。信頼しているよ」
小次郎常「……食えん依頼人だ」
迫水常「では、捜査費用兼前金は後で秘書から受け取ってくれたまえ」
より子常「了解致しました」
迫水常「赤城君の捜索も彼に頼んだんだね」
より子常「差し支えありましたか?」
迫水常「いや、最適の人選だろう。明智君、赤城君についてもよろしく頼むよ」
小次郎常「そっちも薬の噂が飛び交っていて、かなりきな臭いぞ」
迫水常「薬?……それは、不穏だね。その早急な手並み、期待しているよ」
小次郎常「じゃあまたな」
bg別室
cgより子
より子常「それでは明智様、前金です。お受け取り下さい」
小次郎常「助かる。どうも口を割らせるのに金が要りそうな事件だからな」
小次郎常「ところでより子、あんた本当に秘書か?」
より子常「え? 国内でもフランスでも研修もしかと積んでおりますが、何か不手際がありましたか?」
小次郎常「いや、えらく大使に対して強気でいるから不思議でな」
より子怒「明智様……。天地神明に誓って、私と大使との間にその、邪推されるようなことは一切全くございません……!」
小次郎常「ああ。悪い。そういう意味じゃない。もっと別の違和感を感じたんだが」
より子常「……」
小次郎常「まあいい、別にそれについて頼まれたわけでもないしな。探偵の悪い癖だ。勘弁してくれ」
より子常「……、いえ、こちらこそ、はしたない対応をしてしまい失礼いたしました」
より子常「ところで、グリシーヌ様とのお約束の時間までまだしばらくありますが、こちらで休んでいかれますか」
小次郎常「そうだな……」
lips街へ出る しばらく休む>より子の好感度上昇、大使館にある資料を見る
小次郎常「しばらく街をうろつくことにするさ。依頼が二件になったので少しでも情報を得たいからな」
より子常「わかりました。どうぞお気をつけて……」
bg大使館の外
cg遠景ニャンニャン
小次郎常「……なんだあの異常な風体のぶち猫は。フランスにはあんな固有種がいるのか?」
小次郎常「と、猫探しじゃなくて人探しだったな」
lips公園へ行く サーカスへ行く>コクリコと再会・客として赤城は見ていないと確認 ニャンニャンを追いかける>エリカをみつけてトラブルに巻き込まれダメージ
bg公園
小次郎常「……見た顔だな」
cgベルナデッド
ベルナデッド常「また会ったわね。愚者なの?」
小次郎常「いきなりすごい誉め言葉だな」
ベルナデッド常「何故そう言われたのかわからないのなら本当に愚者ね」
小次郎常「思いつくところは二つ。ひとつは、不吉な忠告をしてきた相手に平然と声を掛けてきたこと」
ベルナデッド常「もう一つは?」
小次郎常「どうやら、視線のおしゃべりが直っていないと言いたいようだな」
ベルナデッド常「そうよ。私を見た瞬間に、全身を舐めるような視線を感じたわ」
小次郎常「(白と黒の特徴的なドレスでこんな道端に座っていたら気にもなるさ……)」
小次郎常「悪いな。これは職業病だけに言われても直しようがない」
ベルナデッド常「……どうやら、話をするだけの価値はありそうね」
小次郎常「その白薔薇は昨日花屋で買ったものか?」
ベルナデッド常「平凡な質問ね。当たり前でしょう」
小次郎常「(被害者に突き刺さっていたのは黒薔薇だったな……)」
小次郎常「黒薔薇は買わないのか?」
ベルナデッド常「買わないわ。必要がないもの」
小次郎常「白と黒の衣装だから黒薔薇も似合うと思ったんだがな」
ベルナデッド常「貴方に一つ教えてあげるわ。自然界に完全な黒薔薇など存在しないの」
小次郎常「ほう?それは知らなかった。赤薔薇には縁があったんだがな」
小次郎常「しかし、昨日買った薔薇の花束を持っているというのは、誰かに渡すんじゃないんだな」
ベルナデッド常「詩集に添えるのよ」
小次郎常「添える?……。自分の所有する詩集に添えるんじゃないな。詩集を売っているということか?」
ベルナデッド常「そう。買う?」
小次郎常「日本人がフランス語の詩集を買ってもな。話すに不自由はないが詩を解せられるほどじゃないぞ」
ベルナデッド常「今すぐにわからなくてもいいわ。理解できるときが来るまで持っておけばいい」
小次郎常「そういうものか」
lips買う 買わない>ベルナデッドルート消滅「期待した私が愚者だったのかしらね」
小次郎常「では一冊買おう」
ベルナデッド常「……ありがとう」
bg白薔薇と詩集の表紙
小次郎常「なるほど、これは映えるな。ベルナデッド・シモンズ……これがお前の名前か」
ベルナデッド常「……そういうことになっているわ」
小次郎常「差し支えなければ、ベルナデッドと呼んでいいのか」
ベルナデッド常「好きにすればいいわ。どうせそれほど意味のあるものではないし」
小次郎常「そうは思わないな。名とは自らの礎だ。するべきことを為せば名は残る。数百年経とうともな」
ベルナデッド常「……それが悪行であってもね」
小次郎常「ならば自らの名に恥じぬ生き方をすればいい」
ベルナデッド常「あなたはそうやって生きているの?」
小次郎常「俺の名は明智小次郎。そう名乗ることに、今は躊躇はないな」
ベルナデッド常「……そう。かつては躊躇した者の言葉として聞いておくわ」
小次郎常「そうしてくれ。じゃあ、またな」
ベルナデッド常「……あなたに一つ忠告しておくわ」
小次郎常「なんだ?」
ベルナデッド常「人の手は二本あっても、二人の人間を同時に引き上げることはできない」
小次郎常「……意味深いな。詩人の言葉として有り難く聞いておこう」
bg公園
cgクリア
小次郎常「さて、どういう意味かな。二兎を追う者は一兎も得ず、といったところか?」
小次郎常「まだ少し時間があるな……」
広場へ行く ノートルダム寺院へ行く>ドレフィス激突イベント。最終シナリオクリア後はエクストラルート。それ以外は遠すぎて約束の時間に間に合わなくなる。 エッフェル塔へ行く>エルザと工作員との邂逅が見れるがやはり間に合わなくなる 市場へ行く>フォン婆さんと会う
小次郎常「あまり遠いと間に合わなくなるしな。ぶらりと歩くなら近場がいいだろう」
bg広場
cgエリカ
エリカ常「うーん、おかしいですね。どこに行ったんでしょう」
小次郎常「おや?確かあの娘は……」
エリカ笑「あ、あなたはサムライのササキコジロウさんですね!」
小次郎常「違う。小次郎は合っているが前半が断じて違う」
エリカ笑「これでもエリカ日本について勉強したんですよ。遅かったなコジロウ、待たせたなムサシ、ですよね」
小次郎常「違う!断じて違う!逆だ逆!」
エリカ困「えー、そうなんですか。残念です」
小次郎常「ところで、俺の名前を知っているということは、花火嬢から聞いたのか」
エリカ笑「はいそうです。ミキちゃんのお兄さんならあのとき教えてくれたらよかったのに」
小次郎呆「(嵐のごとく現れて嵐のごとく去っていったんだが……)」
エリカ笑「ミキちゃんの言っていた通りの素敵なお兄さんですね。しかも探偵だなんてかっこいいです」
小次郎常「……あいつは、いったいどんな吹聴をしていたんだか」
エリカ笑「あ、そうだ。探偵なら猫を探すのは得意ですよね」
小次郎常「探偵が全てそうというわけではないが、俺は得意だな」
エリカ笑「ああよかった。これぞ神の思し召しです。実はですね、このあたりでぶち猫さんを探しているんです」
小次郎常「ぶち猫?といわれてもいろいろいるだろうが……」
エリカ常「片目を囲む茶色いぶちがあって、それと逆の耳も茶色いぶちがあるぶち猫さんです」
小次郎常「……、それならさっき見たぞ」
エリカ笑「わあ、すごいですね!さすがは探偵さんです!」
小次郎常「いや、偶然見掛けただけだが。日本大使館の近くで……くつろいでいたな」
エリカ笑「ありがとうございます。そこまでわかれば捕まえたも同然です」
小次郎驚「(いや、そんな簡単ではないだろう……)」
lips手伝わない 手伝う>ニャンニャン探しの騒動に。昼食に遅刻する。グリシーヌに同情されるが好感度は下がる
小次郎常「手伝ってやりたいがこの後約束があるので済まないな」
エリカ笑「大丈夫です!そうそう。御礼に、できることならなんでもしますから、用があればシャノワールに来て下さい!」
小次郎驚「……いや、年若い娘がそういう約束を軽々にするもんじゃ……」
エリカ笑「それじゃまた会いましょー!」
cgクリア
小次郎常「嵐だ……」
小次郎常「ミキが平然と受け入れられた理由がわかった気がするな」
小次郎常「そろそろ時間だな。そういえば服装を指定されなかったが……このまま行くしかないな」
bgブルーメール邸宅前
小次郎驚「……公爵家とはいえ、巴里の真ん中にここまでの大名屋敷とは……」
cgローラ
ローラ笑「ようこそおいで下さいました」
小次郎常「ご招待に改めて御礼申し上げる」
ローラ笑「それは我らが主人にお伝え下さいませ。では、どうぞこちらへ」
メイド「いらっしゃいませ、明智小次郎様」
bgブルーメール家内部
メイド「いらっしゃいませ、明智小次郎様」
小次郎驚「(何人メイドがいるんだ……、このご時世に……)」
小次郎常「(邸宅というよりも、城に近いな……。フランス貴族というより海賊のような勇ましさがある)」
ローラ「こちらです」
bg広間
cgグリシーヌ・花火
グリシーヌ笑「よくぞ参られた、明智小次郎殿。私がグリシーヌ・ブルーメールである」
花火笑「明智さん、おいで下さってありがとうございます。……ぽっ」
グリシーヌ笑「我が友人北大路花火を守ってくれたこと、まずは深く御礼申し上げる」
小次郎笑「こちらこそ、かくも丁寧なご招待痛み入ります。さほどのことをした覚えもなく、恐悦至極に候」
グリシーヌ笑「侍のごときその態度、小気味よいな、小次郎殿。それでこそ日本の男か」
小次郎笑「祖国の名を立てての賞賛、身に余る光栄にございます」
花火笑「大和魂というものでしょうか」
小次郎常「……。あるいは、そうかもしれません」
グリシーヌ笑「さて、堅苦しい話はさておき、当家の食事を堪能していただきたい」
小次郎常「ありがとうございます」
小次郎常「(付け焼き刃ではない、一流の貴族だな……。失礼な応対になってなければいいが)」
小次郎常「(あいつに習った欧州の食事マナーがまさか役に立つときがくるとは……)」
グリシーヌ常「本来ならば晩餐会を開くべきところなのだが、大変私的な事情あって今日明日はできないのだ」
小次郎常「……今日明日は?」
グリシーヌ笑「そうだ。そのために昼食会となったこと、許せ」
小次郎常「(花火嬢はシャノワールの一員だった……。なるほど)」
小次郎常「……では?貴女も」
グリシーヌ笑「いかにも。貴公の妹御をよく知る身である」
小次郎常「(なるほど。公爵家の令嬢がステージに立つというのは公にはできないわけか)」
グリシーヌ笑「よくおわかりのようだ。さすがは妹御自慢の兄君よ」
花火笑「ええ、あんなに自慢を聞いていた以上の方とは、本当に素晴らしいですわ。……ぽっ」
小次郎呆「あいつ、いったいどんな説明を……」
グリシーヌ笑「うむ、まあ想像されよ」
小次郎常「……」
小次郎常「(そういえば花火嬢は被害者と同行していたな。話を聞いておくべきだが……)
lips後にする 今聞く>話は聞けるが、好感度の上昇がなくなる
小次郎常「(この場で事件のことを聞くのは無礼だな。あとにするか……)」
小次郎常「素晴らしい料理でした。よもやフランス料理がここまで日本人の口に合うものとは」
グリシーヌ笑「その賛辞、主人として嬉しく思う。料理人にもしかと伝えよう」
グリシーヌ常「実はただのフランス料理ではない。当家には花火が逗留しているので、日本の料理にも詳しいのだ」
小次郎常「なるほど。隠し味に醤油が使われていたのは錯覚ではなかったのか」
グリシーヌ笑「これは……、実によい舌をお持ちだ」
グリシーヌ常「さて、招待しておいてなんだが、実は一つこちらの願いを聞いていただきたい」
小次郎常「(まさか花火嬢の友人が、無茶は言うまいな……)」
小次郎常「探偵の身にできることならば、なんなりと」
グリシーヌ常「妹御の話では、貴公、剣を握ってもなかなかの腕前と聞く。一つ手合わせ願いたい」
小次郎常「……は?手合わせ?」
グリシーヌ常「いかにも。我がブルーメール家は先祖にバイキングを持ち勇猛果敢を是とする」
グリシーヌ常「この身もただの姫君などではない。いざとなれば巴里のため、フランスのため戦う身である」
小次郎常「(館の装飾の勇ましさはそういうことか)」
小次郎常「それは……、私を何と見据えられての願いでしょうか」
グリシーヌ焦「い、いや……、それはその……」
小次郎常「(なんだ?ここまで完全無欠に見えたグリシーヌ嬢が……。うろたえるようなことか?)」
花火常「侍と見込んでのことです。フランスにおいて貴族とは人民のために戦わねばなりません」
花火常「金剛石を磨くには金剛石でなければなりません」
花火常「明智さんがかなりの使い手ならば、お願いしてはどうかと私の考えでグリシーヌに提案致しました」」
グリシーヌ焦「う、うむ。その通りだ。妹御の話通りならばと以前から期待していたしな」
小次郎常「(花火嬢の提案というのが嘘か?なにやら事情があるようだが、貴族の事情を詮索しても始まらんか)」
lips手合わせを受ける 受けない>済まないが、もう女性と剣を交えることはできない
小次郎常「心得ました。ご期待に沿えるかはわかりませんが、ご招待の礼としてお相手致しましょう」
グリシーヌ常「そ、そうか。では、得物は色々と用意しているので、こちらに来て頂こう」
小次郎常「色々?」
bg武器庫
cgグリシーヌ
小次郎驚「な、なんだ、これは……」
グリシーヌ笑「驚いて戴けたかな。当家の武器コレクションは。日本の刀だけでもかなりの数になろう」
小次郎常「有銘無銘を問わないが……確かによい物が多いな」
グリシーヌ常「好きなものを選ばれよ」
小次郎常「いや……。この木刀がちょうどいいか。身の詰まった樫だ」
グリシーヌ常「ほう、私を傷つけぬようにとのご配慮か。よほど腕に自信があると見える」
小次郎常「研ぎ師は抱えておいでか?」
グリシーヌ常「研ぎ師?」
小次郎常「日本刀は確かに切れ味がよいが、それは研ぎの力でもあります。打ち合わせてしまった剣は研がねばなりません」
グリシーヌ常「む……。西洋剣の研ぎならば出来る者がいるが、日本刀の研ぎ師は抱えておらぬ」
小次郎常「ではもったいのうございます」
グリシーヌ常「ふむ、日本人にとって刀はただの武器ではないというが、自分の刀でなくてもそうなのだな」
小次郎常「それに、日本で最も有名な決闘は、木刀で決着が付きました。侮られませんよう」
花火常「宮本武蔵ですね。厳流島の決闘……」
小次郎常「その通りです」
グリシーヌ常「ふむ、それならばよいか。練習用の竹刀とは違うといいたいのだな」
小次郎常「竹刀は未だに慣れませんので、木刀があって幸いでした」
グリシーヌ常「よかろう。では私はこれだ」
小次郎常「ハルバード……。なるほど、斧がバイキングらしい」
グリシーヌ常「安心せよ。刃は丸めてあり、軽い金属で造ってあるので見た目よりは大分軽い。携帯用だ」
小次郎常「なるほど……」
グリシーヌ常「だがもちろん、直撃すれば無傷では済まぬ。引き際を間違えるなよ」
小次郎常「心得ました」
グリシーヌ常「結構。では試合場へ案内しよう」
bg船上
cgグリシーヌ
小次郎驚「……これほど巨大な帆船が庭にあるとは」
グリシーヌ笑「海に生きた我々の先祖に抱く誇りそのものだ」
小次郎常「少し揺れるな……。本物の海の上でないだけましか」
グリシーヌ常「勝負は一本のみでよいな。もちろん、直撃、気絶、降参、手段はなんでもよいぞ」
小次郎常「(一本か。戦場を知っているかのような態度だが……、確かに素人の構えではないな)」
小次郎常「では……、いつでも来い」
グリシーヌ驚「何?その自然体で構えているつもりか」
小次郎常「何らかの流派を修めたわけではないので、これでいい」
グリシーヌ常「ふっ。口調が変わったな。その意気やよし!いくぞ!」
小次郎常「(速い!)」
lips避ける 受ける>体勢を崩されて負けフラグ+1 時間切れ>負けフラグ+4で即敗北
小次郎常「なるほど、確かにこれは素人ではないな……!」
グリシーヌ常「よく反応した。確かにミキが言うだけのことはあるようだ!」
小次郎常「返しもいいが、重量武器を扱うなら隙もある!」
lips上から振りかかる 右から切りかかる>勝ちフラグ+1 左から切りかかる>負けフラグ+2 時間切れ>負けフラグ+1
小次郎常「対応できるか!」
グリシーヌ常「よい太刀筋だ!これは確かに見所があるというもの!」
小次郎常「受けも速いか……」
グリシーヌ常「今度はこちらからいくぞ!」
小次郎常「(斧系での振り下ろし……!勝負を決めるつもりか!)」
lips飛び込んで受ける! 後ろにかわす!>グリシーヌが隙を作って誘う。乗って踏み込むと斧が垂直に跳ね上がってくるが、踏み込みが早い分、グリシーヌの予想を越え、負けてもダメージ小さい。勝ちフラグ+2負けフラグ+2 タイムオーバー>負けフラグ+2
小次郎常「長物の弱点だ!」
グリシーヌ常「なっ!」
小次郎常「手元では思うように受けられまい!」勝ちフラグ+2
グリシーヌ焦「なんのこれしき!」
小次郎常「(この細腕で……なんて力だ!)」
グリシーヌ烈「はああっ!」
小次郎常「弾かれた!?」
グリシーヌ笑「もらった!」
lips手刀を繰り出す! タイムオーバー>負けフラグ+2
小次郎常「勝ったと思ったが敗着よ!」勝ちフラグ+2
グリシーヌ焦「しまった!」
勝ちフラグ4以上で勝機。当てるか否かで選択
lips直前で止める! タイムオーバー>勝利するが、グリシーヌが怪我をしてしまうためラストで助けが来なくなる
小次郎常「……勝負あり、ですな」
グリシーヌ常「……ふっ。武器を飛ばしただけでは決着ではなかったな」
グリシーヌ笑「我が慢心を見事に突いた貴公の勝ちだ、小次郎殿」
小次郎常「行儀のよい勝ち方ではありませんでしたが、ありがとうございます。グリシーヌ殿」
グリシーヌ笑「私に勝ったのだ。呼び捨てでよい。勝負の最中の態度から改められるとこそばゆいではないか」
小次郎常「……、光栄に感謝する。こちらも呼び捨てで構わない」
グリシーヌ常「よかろう。それにしても、ミキの自慢に誇張無しであったな。花火よ。今の勝負如何に見た?」
花火常「試合ではなく、勝負でした。どちらも慣れた動きでしたが…」
花火常「明智さんの踏み込みは、実戦で、死闘を経験されたものと思われます。……ぽっ」
グリシーヌ常「確かに、流派剣道などではなかったな。最後は殺られたと思ったぞ」
小次郎常「……、昨今帝都に住んでいると、荒事の種に事欠かなくてな。黒之巣会やら黒鬼会やら」
グリシーヌ常「なるほどな。よい経験をさせてもらった。この恩は貴公か貴公の妹に必ず返すと約束しよう」
花火常「私からも御礼申し上げます。……ぽっ」
小次郎常「……、では、花火嬢に一つお願いが」
花火常「なんでしょう?」
小次郎常「ハインツ・シュペングラーについてお聞かせ下さい」
花火常「……、いずれ聞かれるだろうとは思っていました……」
グリシーヌ常「小次郎、刃を交えた仲として忠告する。興味本位ならばそのことに踏み込むな。汝の身を滅ぼす」
小次郎常「その忠告には感謝する。だが、これは興味ではなく、日本大使館からの依頼で仕事なんだ」
グリシーヌ常「何?迫水の依頼か」
小次郎常「ああ」
グリシーヌ常「迫水め。ミキの兄を巻き込むとは……。最初からそのつもりだったな」
小次郎常「彼からの依頼があろうがなかろうが、いずれにせよ巻き込まれていたさ。何しろ俺の眼前での事件だ」
グリシーヌ常「ふん、確かにな。仕方があるまい花火。確かに小次郎の腕なら容易に死ぬこともあるまい」
花火常「ええ、わかったわ。グリシーヌ。明智さん、お茶を用意いたします。部屋でお話致しましょう」
bg花火の部屋
cgグリシーヌ・花火
花火常「どうぞ、明智さん」
小次郎常「ありがとうございます。……よいお茶だ」
グリシーヌ常「紅茶とは違った趣がある。とはいえ、メイドの誰が煎れても花火のようには煎れられんが」
小次郎常「この欧州でこんなにも美味しいお茶が飲めるとは思いませなんだ」
花火常「日本の心がここにあると帝都の友人に教えていただきました」
花火常「それから明智さん。グリシーヌにと同様、私にも敬語は省いて下さって結構です。……ぽっ」
小次郎常「そうか。探偵としてはその方が都合がいいので、言葉に甘えよう」
花火常「さて、どこからお話し致しましょうか」
select彼は何者だ? 何故花火嬢は彼と同行していた? 犯人に心当たりは?
小次郎常「ではそもそもの始めから聞きたい。シュペングラーは何者だ」
小次郎常「ドイツ人実業家で、パリの社交界で活躍して、政財界にも繋がりがあったとは聞いている。正しいか?」
花火常「正しい情報です。ドイツ高官に顔が効くらしく、そこからフランス社交界に入り込んできました」
小次郎常「あの服と香水の感覚からしてあまり人気があったとも思えない。財力でのし上がったと見るが」
グリシーヌ常「辛辣だな、貴公は。だがその推測は正しい。かなりあからさまな現金が飛び交ったと聞いている」
小次郎常「資金には余裕があったということか。しかし……妙だな」
グリシーヌ常「ほう、何がだ」
小次郎常「奴の目的だ。実業家としてビジネスを成功させるだけならわざわざ社交界に出てくる必要はない」
小次郎常「わざわざ現金をばらまいてまで入り込んだということは、目的は事業ではない」
小次郎常「そもそも実業家として大成するような人物にも見えなかった、というのもあるが」
花火常「私もそう思います。あの方は実業家として何かを為そうとしているようには見えませんでした」
グリシーヌ常「そうだな。あそこまで下心が見え見えながら何を考えているかわからん男も珍しかった」
小次郎常「同行していた花火嬢だけじゃなく、……その言い方は単に会ったというだけじゃないな?」
グリシーヌ笑「ふむ、刀を握っていなくても貴公に隙を見せるのはよくないようだな」
花火常「あの方は、シャノワールに対しても資金援助を申し出てきたのです」
花火常「オーナーの態度から見て、無下には出来ない金額だったと思われます」
小次郎常「資金援助?失礼ながらパリに名高いシャノワールの経営が悪いとも思えないが」
花火常「表だっては申し上げられませんが、資金とはどこでも必要なものです。あるに越したことはありません」
花火常「また、人気の踊り子に出資者が付くのは珍しいことではありませんし」
小次郎常「……、奴は誰に出資しようとしていたんだ?」
グリシーヌ常「それは……。いや、そなたと無関係ではないな」
花火常「……ミキさんのルームメイトにあたる方です」
小次郎常「エルザか?」
グリシーヌ常「何、貴公エルザを知っているのか?」
小次郎常「昨日会った。人物には好感が持てるし妹の友人としては申し分無いが、ステージでも人気なのか?」
花火常「グラン・マ……私たちシャノワールのオーナーが有望視しているくらいです」
グリシーヌ常「そうでなければミキとともに前座をさせようなどとは言い出さぬな」
小次郎常「なるほど。しかし、将来有望にしても正式デビュー前の踊り子に出資者が付くなんてことがあるのか」
グリシーヌ常「希有だが、無いこともない、といったところか。確かに異例ではあるな」
小次郎常「なんらかの打算があった、と見るべきだろうな。単にエルザを見て気に入ったから、とは思えん」
花火常「本当なら、エルザさんが実力で勝ち取ったと思いたいところなのですが、仰るとおりだと私も思います」
小次郎悩「(エルザはバックがあるどころか、身一つでここまで来たわけだ。その彼女を抱き込んで何をする?)」
小次郎常「奴の会社の事務所などをあさってみるか。手がかりがつかめるかもしれんな」
select何故花火嬢は奴と一緒にいた?
小次郎常「何故、花火嬢は奴と同行していたのか聞かせてもらえるか」
花火常「シュペングラーさんがシャノワールに出資しようと話を持ちかけてきたのがそもそもの始まりです」
小次郎常「……花火嬢にも後援として付こうとしたのか?」
グリシーヌ常「正確に言えば、レギュラーの全員と、エルザを含むバックダンサーの何人かにつこうとした」
小次郎常「節操のないことだ。特定の人物を後援したいのだけでなく、シャノワールに食い込むつもりだったな」
小次郎常「シャノワールはパリ社交界の花形と聞く。出資者となれば立場が良くなると考えたか」
グリシーヌ常「あからさま過ぎるのでな。グラン・マもさすがに警戒した」
小次郎常「そこで、花火嬢が直接調査に?」
花火常「仰る通りです。……ぽっ」
小次郎常「あの蛇のような男を相手にか。無謀すぎるぜ」
グリシーヌ常「もちろん花火一人にさせたわけではない。裏で何人も探偵を雇い、いくつか探りを入れた」
花火常「ですが、なかなか用心深い方だったのです」
グリシーヌ常「いずれも奴の素性に近づく前に撃退されるか消息を絶った」
小次郎常「……それは、想像以上に危険な奴だな」
花火常「ならばいっそ、シュペングラーさんが関係しようとする相手である人間の方が安全だと考えたのです」
グリシーヌ常「私たちは危険だと言ったんだがな……」
花火常「確かにエリカさんやコクリコさんなら危険でしょうが……」
花火常「私やグリシーヌならば、背後に家の力がありますから、おいそれと手は出せません」
小次郎常「北大路家は欧州で事業を展開していたな。しかし、大した度胸だ……」
花火常「そこで直接シュペングラーさんの事業の出所を調べにドイツに行きました」
グリシーヌ常「とにかく金の出所も事業の内容もわからなかったからな」
小次郎常「(探偵の立ち場が無いな……)」
花火常「しかし、容易にはわかりませんでした。フランス国内で何かを売っているはずなのですが……」
花火常「ドイツではシュペングラーさんが工場を持っている様子は無かったのです」
小次郎常「実業家というのは自称で、正体はドイツの工作員か?」
花火常「私もそう疑いました。お金の出所はドイツ政府ではないかと考えたのです」
花火常「しかし、深入りしすぎました。異常に気づいたシュペングラーさんが帰国してきてしまったのです」
小次郎常「……で、奴に見つかったと」
花火常「お恥ずかしいことですが。仕方がないので、シュペングラーさんを直接問いつめることにしました」
小次郎驚「……!それは、すごいな」
グリシーヌ呆「まったくだ、私が付いていったらそんな無謀なことはさせなかったものを」
花火常「さすがに予想していなかったのか、ある程度の情報を喋っていただくことができました」
小次郎常「それは……、そうだろうな。まさかこんな深窓の令嬢から問いつめられるとは予想もしなかっただろう」
グリシーヌ常「私が言うのも何か違和感があるが、勇敢と無謀は違うぞ、花火」
花火常「もちろん、北大路家の者に常に連絡を取るようにしていましたから」
花火常「シュペングラーさんは、ドイツ政府から資金援助を受けていることは否定しませんでした」
花火常「ただ、パリで大きな事業を起こしているとも仰いました。自信満々でいらっしゃったので嘘ではないと思います」
小次郎常「……なるほど。自己顕示欲は強そうな男だったな」
小次郎常「しかし、ドイツから同行することになったのは?」
花火常「事業の開示とともに、グラン・マ……オーナーとの直接交渉を要求されたのです」
小次郎常「なるほど。資金援助だけじゃなく、次の一手への好機と見たか」
花火常「シュペングラーさんは、私たちの知りたい情報を握っているとおっしゃいました」
花火常「グラン・マと蒸気電話で協議し、ひとまず話を聞こう、ということになり、私が同行することになったのです」
小次郎常「そうか。ところで、同行していたのに花火嬢だけが先に二等客車に来たのはなぜだ?」
花火恥「それは……その……、シュペングラーさんに途中で言い寄られまして……」
グリシーヌ呆「は……」
小次郎常「はあ……」
花火常「何度も断ったのですが、あまりにもしつこいので、シュペングラーさんがトイレに立たれた隙に席を外しました」
グリシーヌ常「うむ。結果として小次郎に会えたこともあるが、それでよい、花火。嫌なものは断っていいのだ」
小次郎呆「いや、まあ、奴の思考はその点ではわからなくはないが、あの服と香水で言い寄ったのか……」
花火常「北大路家と繋がりを持てば事業が楽になると考えたのか?」
グリシーヌ常「……」
花火常「ありがとう、グリシーヌ。大丈夫だから」
小次郎常「ん?」
花火常「北大路家にも益になると豪語されました。そう……確か、まもなく自分は欧州の覇王になると仰いました」
グリシーヌ呆「は、覇王?」
小次郎呆「ま、また大きく出たな……。正気の沙汰とも思えないが……」
グリシーヌ常「社交界で会ったときはそこまでの愚か者では無かったが……。この数ヶ月で何があったのだ?」
小次郎常「それが、奴が持っていた手札の正体と関係ありそうだな」
小次郎常「しかしそうか、奴が殺される前に花火嬢に対して強気だったのは奴が手札を残していたからか」
花火常「はい、こちらとしても無下に出来ないのをわかっていたのだと思います」
select犯人に心当たりは?
小次郎常「どうもその手札が臭いな。犯人に心当たりはないか?」
花火常「多すぎると思います。実際にいくつもの組織に狙われていると隣で説明を受けました」
小次郎常「それを自慢していたわけか……」
花火常「はい……。でも、シュペングラーさんは自分が殺されることはないと自信を持っていました」
小次郎常「……妙だな」
グリシーヌ悩「うむ、なぜだ。狙われているのに、殺されることはない?」
小次郎常「二つ考えられるな。さっきの手札が強力で、吐かされないことには殺されないという自信があったか」
グリシーヌ常「もう一つは?」
小次郎常「なんらかの防御手段を持っていて、それを過信していた」
グリシーヌ常「……防御手段、か」
小次郎常「これが軍人や格闘家なら、実力を過信していたんだろうが、殴られてもそこまで強くはなかったしな」
グリシーヌ常「さっきの覇王とやらが気になる。何らかの兵器を持っていたとは考えられんか?」
小次郎常「兵器と言ってもな。四六時中人型蒸気を纏っているのでもない限り殺されない、とはなりにくいな」
グリシーヌ悩「そうか……、全身を守る防御手段があればいいわけか。ふむ……」
小次郎常「ん?」
グリシーヌ常「いや、済まぬ。こちらの話だ」
花火常「ということは、明智さんはシュペングラーさんの手札が問題だとお考えなのですね」
小次郎常「結局はそれも過信だったということだが……」
小次郎常「しかし、シュペングラーを殺すのは、奴が単独の時の方が容易だったはず」
小次郎常「奴がトイレに立ったのならなおさらだ。犯人は直前まで、奴を殺すか決めかねていた可能性が高い」
花火常「言われてみればそうですね。デッキで犯行に及んでいたら目撃者も無くできたはずです」
小次郎常「犯人自体は姿を見せていないにしても、衆人環視の下で犯行するのは暗殺者にとって避けたいはずだ」
小次郎常「直前の奴の言動の中に、犯人が見過ごせない言葉があったか……」
lips銀髪の少女……か? 国家に関わる重要な話……か? 俺を殴った拳は妙だったが……
小次郎常「銀髪の少女、と言っていたな。具体的な単語はそれくらいだった」
花火常「……」
グリシーヌ常「……」
小次郎常「この単語を聞いて、花火嬢、貴女も態度を変えた。そうですね」
花火常「……仰る通りです」
小次郎常「そして、奴がエルザへの資金提供を試みていたことを考えると、奴が握っていたカードは……」
小次郎常「エルザの過去についての情報、ということになる」
花火常「はい。私もそう考えたので、シュペングラーさんから聞き出さねばならないと考えました」
小次郎常「やはり犯人はそれを喋らせないようにシュペングラーの殺害を決めた、ということになるな」
小次郎常「(エルザは物心ついたころから孤児院にいた、と言っていたな。孤児院時代のことか、それとも……)」
小次郎常「ひとまずエルザに昔話を聞いてみるべきところだな。後で行くか」
グリシーヌ常「……待て小次郎。今は待ってやれ」
小次郎常「何故だ」
グリシーヌ常「知っての通りだ。ミキとエルザは今日がリハーサル、明日が初ステージだ」
グリシーヌ常「その状況で、あまり思い出したく無い過去について聞かれたら、どうする」
グリシーヌ常「エルザはがさつに見えるかもしれんが、実のところ繊細なのだ。聞くのはステージ後にしてくれ」
小次郎笑「……上に立つ者とはかくあるべきか。見事だな」
グリシーヌ焦「な、なんだ……。その笑いは」
花火笑「ふふっ……。明智さんは絶賛してらっしゃるのですよね。……ぽっ」
小次郎笑「妹の居場所にこれほどの人物がいるとは心強いということだ」
小次郎常「しかし困ったな。犯人探しのためにはあまり時間をかけたくない。他に情報源がないか……」
グリシーヌ常「うむ。ミキならばエルザの昔話を聞いているであろうが、ミキもステージ前であるしな……」
花火常「では、エリカさんにお聞きしてはいかがでしょうか」
小次郎常「エリカというと……、あの台風のような少女か」
グリシーヌ笑「巧いたとえだな。そうか、既に会っているのか。しかし何故エリカに?」
花火常「エリカさんも同じような境遇と伺っていますので、お話されたことがあるのではないかと」
花火常「それでなくても、エリカさんの前では誰もつい話したくなってしまうでしょうから」
グリシーヌ常「なるほど。聞いている可能性は高いな」
小次郎常「わかった。彼女に聞いてみるとしよう。住まいはどこか教えてもらえるか」
グリシーヌ常「エリカはシャノワールに下宿しているのでな。しばし待て」
sound呼び鈴
メイド「お呼びでしょうか」
グリシーヌ常「蒸気電話を持て」
メイド「かしこまりました」
小次郎常「(貴族だな……)」
メイド「お待たせ致しました」
グリシーヌ常「うむ。……シャノワール事務局へ繋いでくれ」
グリシーヌ常「……」
グリシーヌ常「シーか。私だ。グリシーヌだ。後でエリカに来客があるので玄関を通れるようにしてくれ」
グリシーヌ常「……、ミキの兄だ。……なんだ、知っているのか。ならば話は早いな、頼んだぞ」
グリシーヌ常「玄関で係の者に名前を言えば通れる。しかし、昨日来ていつシーと知り合ったのだ貴公は」
小次郎常「ミキを下宿まで送った際に会ったんだ。助かる。ではこれから行って来る」
花火常「パリご来訪の翌日とは思えない手早さですね。……ぽっ」
グリシーヌ常「まったく、迅速で結構なことだ。期待しているぞ」
小次郎常「二人とも、招待に改めて感謝する。ではまたな」
グリシーヌ常「うむ、小次郎を玄関まで案内してやってくれ」
メイド「かしこまりました」
小次郎常「助かる。さすがに迷いそうだと思っていたところだ」
bgブルーメール邸玄関
小次郎常「さてシャノワールは……、あのわかりやすい建物か」
bgシャノワール玄関前
cgシー
シー笑「あ、明智さんだ。いらっしゃあい」
小次郎常「シー、さんだったか?わざわざ済まないな」
シー笑「そんな他人行儀な呼び方しなくても呼び捨てでいいですよぅ」
シー笑「それじゃ、営業時間じゃないので静かですけど、シャノワールへようこそ!」
小次郎常「ああ、失礼する」
bgシャノワール玄関ホール
シー笑「それにしても、エリカさんに会うためにグリシーヌ様を通じてシャノワールに連絡なんてよくできましたね?」
グリシーヌ常「花火嬢を列車で助けた礼とのことだ」
シー笑「ふーん、明智さんって昨日パリに来たばっかりなのに、一体何人の女の子と会っているんですかぁ?」
小次郎常「十人ほどだな」
シー驚「うわぁ、これはミキちゃんがやきもきするわけですねぇ」
小次郎常「今は仕事で来ているんだが……」
シー常「はいはぁい、そういうことにしておきますよぉ」
シー常「じゃ、エリカさんを呼んで来ますからここで待ってて下さい」
小次郎常「ああ、よろしく頼む」
cgクリア
小次郎常「明日の夜はここが人で溢れるのか。パリ一流のステージにミキが……」
小次郎常「……未だにちと信じられんな」
小次郎驚「ん?」
cgグランマ
グランマ常「休日の館内に、一体誰だい。見掛けない顔だね」
小次郎驚「(なんだ、この圧倒的な気配は……!ただの婦人じゃない……、ということは)」
小次郎常「明智ミキの兄、明智小次郎と申します。グリシーヌ殿に仲介頂き、ここでエリカ殿を待っております」
グランマ驚「ああ……。アンタがミキご自慢のお兄ちゃんか」
グランマ笑「話には聞いているよ。ふふ、なかなか出来た男じゃないか」
グランマ常「自己紹介が遅れたね。アタシはシャノワール支配人イザベル・ライラック。グラン・マと呼ばれているよ」
小次郎常「やはり……。この度は妹を取り立てて頂いただけでなく、小生の来仏を取りはかり頂き誠に有り難うございます」
グランマ常「日本人の男ってのはホントにサムライなんだねえ」
グランマ常「実はアンタとはミキについてじっくり話したかったのさ。遠路はるばる来てくれてこっちが有り難いよ」
グランマ常「今は忙しいんだけど、公演が終わる頃までパリに滞在しているかい?」
小次郎常「はい、図らずもしばらく滞在することになりましたので」
グランマ常「? まあ、それなら今度じっくり話す時間を作って招待するよ。込み入った話もあるんでね」
小次郎常「心得ました。よろしくお願いいたします」
グランマ常「ところで、グリシーヌの紹介でエリカって、何事だい?」
小次郎常「実は小生の探偵業のために、エリカ殿に話を伺いたく……」
cgシー
シー常「済みません、明智さん。エリカさん出かけちゃったみたいです。……あれ?オーナー、どうしたんです」
グランマ常「なんだい、さっき帰ってきたと思ったらまた出かけていったのかい、あの子は」
グランマ常「今ムッシュ明智と話していたところさ。ミキだけじゃなく、あんたやメルまで騒ぐのも納得だね」
シー笑「でしょう?これぞムッシュサムライ。刀を差していないのがホントに惜しいですよねぇ」
小次郎常「何か、えらく話が暴走していないか?」
グランマ笑「アンタ、パリ到着は昨日なんだって?ずいぶん手が早いじゃないか」
小次郎常「いや、まったくそのつもりは無いのですが」
グランマ常「おや、もったいないね。ここはパリ、百年の恋の都だよ」
小次郎常「……善処するようには致します。とはいえ、エリカ殿がいないのでしたら、ひとまずこの場は失礼致します」
シー常「あ、待って下さいよぅ。手ぶらで帰すなんてことはさせません」
小次郎常「ん?エリカ殿の居場所がわかるのか?」
シー笑「せっかく来たんだから一日一枚限定、特別ブロマイドを売ってあげますぅ。どなたのがいいですか?」
小次郎呆「そっちか……。しかも買うのか」
グランマ笑「ははは、うちの秘書は大したもんだろう?」
小次郎常「手強さは心得ました。さて……、せっかくの申し出だ。どうするかな……」
lipsサフィールを グリシーヌを 花火を エリカを コクリコを
小次郎常「(そういえばエビヤン警部がサフィールとか言っていたな。まだ顔を見ていない)」
小次郎常「サフィールって踊り子のブロマイドはあるか?」
シー驚「へ?よくご存じですね。サフィールさんのブロマイドが欲しいんですか。一枚50フランですよ」
小次郎常「わかった、エビヤンのお気に入りと聞いたが……」
bgロベリアブロマイド
小次郎驚「なっ!?」
グランマ常「どうした?美人っぷりに驚いたわけじゃなさそうだね」
小次郎驚「(……この顔、眼鏡が無いだけで、昨夜やりあったあの女じゃないか……)」
小次郎常「いや……、知っている顔に似ていると思っただけだ」
グランマ常「ふぅん、サフィールの顔がね……」
bgシャノワール玄関ホール
シー常「また買って下さいねぇ。明智さんなら次も限定ブロマイドを用意しますよぉ」
小次郎常「もしかしてミキもこういうのを作るのか?」
シー笑「明日からの発売ですよぉ。期待していて下さいねぇ」
小次郎常「…………」
小次郎常「それでは、また明日な、シー」
シー常「はぁい、また来て下さいねぇ」
小次郎常「グランマ殿、またいずれ……」
グランマ常「ああ。今度はこちらから連絡を入れるよ」
bgシャノワール玄関前
小次郎常「さて、エリカを探すか」
lipsサーカスへ行く 図書館へ行く>性格を考えればいるはずがないか>メルと遭遇・本の捜索をしてもらえるがメルが転げ落ちて下敷きにされダメージ 教会へ行く>レノ神父がいるがこの時点では何もできず
小次郎常「コクリコもシャノワールの一員だったな。そっちに行っている可能性もあるか」
bgサーカス
小次郎驚「……これが欧州本場のサーカス興行団か。なんて規模だ」
cgベルナール
ベルナール「お客様、済みません。今日は興行をやっていないんですよ。四日後から始まる予定なのです」
小次郎常「済まん、興味はあるんだが今日は人に会いに来たんだ。コクリコって人物はいるか」
ベルナール「……失礼ながら、コクリコとはどのようなご関係でしょうか?」
小次郎常「関係……と言われてもな。昨日世話になったのでその礼を言いに来たんだ」
ベルナール「わかりました。私の杞憂だったようです。失礼致しました」
小次郎常「ん?」
ベルナール「ご存じでしょうがあの子は優しすぎるので、近づく人間を周りが気遣ってやらねばならないのです」
小次郎常「それは確かにそうだな。あの年齢にしては、色々なものを見過ぎてきているんだろう」
ベルナール「仰るとおりです。ですが、あなたは大丈夫そうだ。あの方のようにはならないでしょう……」
小次郎常「(あの方……?というのは聞いても答えてもらえなさそうだな)」
ベルナール「少々お待ち下さい。コクリコ!君に来客だよ!」
cgコクリコ
コクリコ常「また来客……?あ、ミキのお兄さん」
小次郎常「先日は世話になった。おかげで大変助かった」
コクリコ笑「考えてみたら、ミキとの再会のためにお花が要ったんだね。かっこいいなあ」
コクリコ笑「ボクはお兄さんって人がどういうものかよくわからなかったんだけど、ミキの気持ちは少しわかった」
小次郎常「コクリコは一人っ子なのか?」
コクリコ常「うーんと、ね。少し複雑なんだ。ボクは一人っ子だけど弟がいるし、お兄さんって猫はいたんだ」
小次郎常「……済まん。失礼なことを聞いたようだ」
コクリコ常「ん……、大丈夫。今のボクは一人じゃないから」
コクリコ常「実はボクもね、ミキに聞いちゃったことがあるんだ。お兄さんの話はするけど、ママはどうしたのって」
小次郎常「そうか……」
コクリコ常「ボクを守ってくれていたお兄さんが人間だったら、小次郎さんみたいだったかもしれないね」
小次郎常「小次郎さん、というのも面はゆいな。呼び捨てでいいぞ」
コクリコ笑「そう?じゃ、コジローって呼ぶね」
小次郎笑「何かちょっと違う気がするが、まあいいか」
コクリコ笑「ところでコジロー、ボクに何か用があったんじゃないの?」
小次郎常「察しがいいな。実はエリカがこちらに来ていないかとも思った」
コクリコ常「へ?エリカは確かにさっきまでいたよ。もうどっか行っちゃったけど」
小次郎常「……行き違いだったか。つくづく嵐のような娘だ」
コクリコ笑「うん、まあエリカの行動を予想するのは難しいよね。エリカを探すのなら気長にした方がいいよ」
小次郎常「どうもエリカよりコクリコの方が年上に聞こえるな」
コクリコ笑「あはははは、よく言われるよ。でも……、エリカは本当はすごいんだよ。誰よりもね」
小次郎常「よくわからないが……、侮るべきではないと覚えておけばいいのか?」
コクリコ常「ボクはエリカに救われたんだよ。何度もね」
小次郎常「心得て置こう。邪魔したな。次はサーカスの開催中に来たいところだ」
コクリコ常「うん、歓迎するよ。またね、コジロー」
lips図書館へ行く
bg図書館外観
小次郎驚「図書館か。これほどの規模のものが市内にあって市民が自由に活用できるとは、すごいものだな……」
小次郎常「まだ若い神学生なら、ここで勉強している可能性もあるな。中を探してみるか」
bg図書館内部
小次郎常「むう、すごいな。とても騒げない荘厳な雰囲気がある」
小次郎常「この中にあの騒がしい娘がいられるとも思えないな。外れか」
メル常「あら、明智さん?」
cgメル
小次郎常「貴女はシャノワールの、……確か、メル・レゾン嬢?」
メル常「ああ、やはりミキさんのお兄さん。私を呼んでいただくときは、ただのメルでお願いします」
小次郎常「失礼、心得た」
メル常「ところで、明智さんはどうして図書館に?よろしければご案内致しますが」
小次郎常「いや、エリカ嬢を探していてな。彼女がここにいるかと思って来たんだが」
メル笑「まあ……。エリカさんには既にお会いになっていますか?」
小次郎常「ああ、パリに来てから既に二度会っている」
メル笑「でしたらおわかりいただけるかと思いますが、エリカさんは図書館に入館禁止とされているんです」
小次郎呆「……。ありがとう。何が起こったのかはだいたい理解した。探偵にあるまじき凡ミスだな」
メル常「ですが、せっかく図書館にいらっしゃったのなら本をご覧になってはいかがでしょう」
小次郎常「そうだな。これほどの英知を前にただ帰るのも無礼か」
select薔薇の図鑑かな 詩集かな 日本の本かな
小次郎常「薔薇の図鑑があれば見たいところなんだが」
メル常「薔薇ですか。それは、お仕事ですね?」
小次郎常「今捜査中の件で、遺留品が薔薇一輪だったんだ。せめて品種でもわかればと思ってな」
メル常「心得ました。それくらいなら十分にお手伝いできるかと」
メル常「……、なるほど。あそこの書棚の上の方ですね。しばらくお待ち下さい」
bg脚立に登るメル
メル常「これですね……、と、重いっ……」
小次郎常「危ない……!」
sound鈍い激突音
bg図書館内部
小次郎常「(柔らかい感触より先に……、なんだ、これは!?強い、霊力……!?)」
メル焦「あ……、す、済みません明智さん。す、すぐ退きます……」
小次郎常「ああ……、怪我は無いか。よかった……」
cgメル
メル常「はい。明智さんもお怪我は……」
小次郎常「(予想外にダメージがあるが……、骨までは来ていないな。黙っておくか)」
小次郎常「軽かったからな。多分大丈夫だろう」
メル照「ああ、良かった……」
小次郎常「それより本を見つけてくれたことに感謝する。……重いな」
メル常「開架室で読む分には自由ですので、読み終わったらあの隙間に戻して置いて下さい」
小次郎常「ああ、ありがとう」
メル照「それでは、私はこれで。エリカさんを見掛けたら、明智さんが探していたとお伝えしますね」
cgクリア
小次郎常「さて……、あれは黒薔薇だったな」
小次郎常「……」
小次郎常「…………」
小次郎常「似ているが、違うか?あれはもっと漆黒のような……」
小次郎常「くそ、現物が欲しいところだな」
小次郎常「……」
小次郎常「珍しい品種なのかもしれないな」
小次郎常「少なくとも一般的な薔薇じゃない、とわかっただけよしとするか」
小次郎常「(しかし、あの霊力、そうそう一般人であるものじゃない。本人は気づいていないのか?)」
Outselect
select詩集かな
小次郎常「詩集かな。ベルナデッド・シモンズという人物は詩集をどれだけ出しているのか知りたい」
メル驚「明智さん、その詩人の名前をよくご存じですね」
小次郎常「む?ということはあいつは本当に詩人なのか」
bg詩集
メル驚「ベルナデッド・シモンズの詩集……!」
メル驚「あ……、済みません。失礼しました。明智さん、その詩集は容易に手に入るものじゃないですよ……」
小次郎常「そういえば、気に入った人物にしか売らないと聞いたな」
メル常「そうです。社交界全体でも十冊と出回っていませんが、鋭く独創的な内容ゆえにすごく注目されているんです」
小次郎常「そんなにすごいものなのか。後で帰ってから読んでみようか」
メル常「明智さん、フランス語は読めるのですか?」
小次郎常「それほど自由じゃない。にもかかわらず売りつけられたので何かと思っていたところだ」
メル常「通訳がご入り用でしたら、今度お呼び下さい。私も読んでみたいので、読んで日本語訳くらいなら出来ます」
小次郎常「わかった。読めてもお手上げでも、いずれにせよ貸すことを約束する」
メル笑「ありがとうございます」
メル常「そんなわけで、ベルナデッド・シモンズの詩集は貴重ですから、図書館にはもちろん置いてないんです」
小次郎常「納得した。ありがとう」
メル常「それでは、私はこれで。エリカさんを見掛けたら、明智さんが探していたとお伝えしますね」
cgクリア
小次郎常「伝言を頼めただけよしとするか。しかしこの詩集、もう少し大事に扱うか」
Outselect
select日本の本かな
小次郎常「日本の本かな。このパリでは妙に、日本人だからと優遇してもらっている」
小次郎常「パリ市民には日本はどういう風に見えているのか知りたいところだ」
メル常「なるほど。確かに前世紀の後半からパリは日本文化に大変興味を持つようになりましたね」
メル常「この図書館にも色々な日本の本がありますよ。こちらです」
メル常「……この区画が丸ごと日本の本ですね。日本語の本と、日本を紹介した本とが混ざっていますが」
小次郎驚「……すごいな。日本国内でこれだけ自由に本が読める場所がいくつあることやら」
小次郎常「ルイス・フロイスのフランス語版まであるのか。すごいな」
メル常「その本は正確なのですか?」
小次郎常「それほど間違っていない、というところかな」
小次郎常「こっちの本は……、何か間違えてるな。未だにちょんまげと忍者が横行しているとか」
メル常「ああ、エリカさんが以前その本をご覧になっていましたよ」
小次郎常「………………それでか」
小次郎常「日本では既に手には入りにくい資料もあるな。ありがとう、楽しませてもらう」
メル常「はい、それではどうぞごゆっくり」
cgクリア
小次郎常「祖国とは、遠くにありて思うもの、か」
outselect
select教会へ行く
bg教会前
小次郎常「順当に考えればこういった教会に居そうなものだが……」
cgレノ
レノ常「東洋人の方が教会にいらっしゃるとは。何かお困りごとでしょうか」
小次郎常「はい、エリカという少女を探しているのですが、こちらの教会においででしょうか」
レノ驚「エ、エリカさんが、また何かしでかされたのでしょうか……」
小次郎常「(……日頃の状況が透けて見える反応だな……)」
小次郎常「いえ失礼。実は彼女に話を聞きたいのですが、どこにいるのかわからないのです」
レノ常「そうですか。また何か起きたわけではないのですね。いえ、時々はこちらに来ますが、今はおりません」
小次郎常「そうですか……」
小次郎常「神父様、つかぬことを伺いますが、この巴里に孤児院は多いのでしょうか」
レノ常「はい。ご存じの通り、欧州大戦で親を亡くした子供はたくさんおりますので、孤児院も多く作られました」
小次郎常「(やはりエルザに直結するてがかりがいるな……)」
小次郎常「ありがとうございました。では、失礼いたします」
レノ常「迷われる人よ、神のご加護がありますように……」
cgクリア
小次郎常「神の加護か。俺にあるとも思えないがな……」
outselect
小次郎常「少し、捜索範囲を広げるか」
Sekectエッフェル塔公園へ行く ブローニュの森へ行く>シゾーとニアミスするが逃げられる ノートルダム寺院に行く>軽快態勢のディビジョン・ノワールが見られる
cgエッフェル塔下
小次郎常「昼に見るとまたなんとも広大な公園だな。ここならあの娘がいたらわかりそうな……」
cgエルザ
小次郎常「ん……?エルザじゃないか」
エルザ驚「あ、またお兄さんか。よく会うわね」
小次郎常「それはこちらの台詞だ。本当に日課なんだな」
エルザ常「ええ、ここに来ると、パリを見渡すことができるから……」
エルザ常「……」
小次郎常「(エルザは繊細だとグリシーヌが言っていたが……)」
小次郎常「本番前で緊張しているのか?昨日の元気がないぞ」
エルザ常「あ……、うん。そうかもね……」
小次郎常「どうも調子が狂うな。大丈夫か」
エルザ常「……ねえ、お兄さん」
小次郎常「なんだ?」
エルザ常「お兄さんは、祖国のためなら、何でもしようと思う?」
小次郎常「……冗談で聞いているんじゃなさそうだな」
エルザ常「うん、ちょっと真面目な人生相談」
小次郎常「そう思ったことはある。自分一人の命で祖国の全てが救えるならどんなにいいかと思ったことはある」
エルザ常「……そう」
小次郎常「だが、人には分相応というものがある。己の命全てを賭けても、何一つ救えなかった」
エルザ常「お兄さんは、後悔しているの?」
小次郎常「後悔か。あのとき自分に何ができたのかと思うが、最善を尽くしてもどうしようもなかったな」
小次郎常「だから後悔はしていないな。残ったのは自嘲だけだ」
エルザ常「でもお兄さんは、ミキを魔物から救ったんでしょう?」
小次郎常「それだけだ。その代わりに捨ててしまったもの、死なせてしまったものは数知れない」
エルザ常「じゃあ、自分に奇跡を起こす力があったら、使っていた?」
小次郎常「……使っていた、だろうな。間違いなく、それを願ったことがある……」
エルザ常「自分の命と引き替えにでも?」
小次郎常「俺は、それをした人を知っている……」
エルザ常「そう……」
小次郎常「おい、エルザ、何を考えている?」
エルザ笑「色々とね。でも、お兄さんはそれをやっちゃ駄目だよ。ミキが悲しむからね」
小次郎常「……まるで自分がそうじゃないとでも言いたげだな」
エルザ笑「ああ、うん。確かにね……、私は天涯孤独だと思っていたんだ」
小次郎常「寝ぼけるな。お前は俺の妹の、かけがえのない友だ。消えてもらっては困るぞ」
エルザ笑「ふふっ、そこで口説いてくれたらいいのにね」
小次郎常「おい……」
エルザ常「ありがとう。そういうことじゃないんだけど、嬉しかったよ」
小次郎常「待て」
エルザ常「お兄さん、手、離してもらえます?腕痛いんですけど」
小次郎常「じっくりと話を聞かせてもらおうか。何か危険な気がする……」
エルザ常「やあねえ、お兄さん。刑事さんみたいよ」
小次郎常「俺は探偵だ」
エルザ常「じゃあその探偵なお兄さんに質問、さと子、ってミキの何?」
小次郎驚「……!」
エルザ常「やっと離してくれた。強引なんだから」
エルザ常「最初の頃に、ミキが私を間違えてさと子、って呼んだことがあるのよ。ミキには聞ける雰囲気じゃないし」
小次郎常「……。ミキの、……死んだ親友だ」
エルザ常「死因は何?」
小次郎常「先天性蒸気症候群……、帝都病とも呼ばれる、圧縮蒸気が身体に害となる特殊な病気だ」
エルザ常「なるほどね。ミキが私の健康を過剰なくらい心配していたのが納得できたわ」
エルザ常「ありがとう、お兄さん。ミキを大切にね」
小次郎常「あ、……おい!」
cgクリア
小次郎常「く……、見失った、か」
小次郎常「不意をついて手を離させたり、人混みに紛れたり、どこでそんな技能を。軍事訓練でも受けたのか?」
小次郎常「ん……、あいつは!」
小次郎常「おい、新聞屋!」
cgカミュ
カミュ驚「!……誰かと思ったら、明智君か。そろそろ僕の名前も覚えて欲しいものなんだが」
小次郎常「カミュ、だったか?本名なんだろうな?」
カミュ常「覚えていてくれたとは光栄だよ。しかし疑い深いね、君は」
小次郎常「そういう職業だからな」
カミュ常「ところでこの正義と真実の使者に何か用かい?」
小次郎常「シュペングラーの会社の場所を教えろ。新聞記者ならそれくらいもう調べているだろう」
カミュ常「!……、どういうことだい。昨夜は事件と関係のない日本人の消息を聞いたのに、今になってとは」
小次郎常「こちらも調べなくてはならなくなったということだ。元より第一の容疑者だからな」
カミュ常「根に持つね、君は」
小次郎常「はぐらかすな。シュペングラーは実業界で知られた存在だったんだろう。調べはついているはずだ」
カミュ常「信頼されていると言っていいのかな。しかし、ただで情報を得ようっていうのかい?」
小次郎常「昨夜、協力は惜しまないと言ったのは誰だ」
カミュ常「仕方がないね。しかし、いい情報があったら他に知らせずにこっそりと僕に教えてくれよ」
小次郎常「……それくらいはいいだろう。今のところはお前の知ってそうな情報しかない」
カミュ常「どんな情報だい」
小次郎常「奴がシャノワールにちょっかいを出していたということくらいだな」
カミュ常「うん、それは把握していたけど、裏付けが増えたということになるから、遠慮せずに教えて欲しいね」
小次郎常「で、奴の会社は?」
カミュ常「仕方がないね。番地でいうと……」
小次郎常「地図に書いてくれ。日本人がいきなりパリの番地を見せられてわかると思うか?」
カミュ常「人使いが荒いねえ、君は。ちょっと待ってくれよ」
カミュ常「……これで、こうかな」
小次郎常「……、なるほど。郊外だな」
カミュ常「色々曰く付きの人物だったようだからね。では、僕はこれで失礼するよ」
小次郎常「ところでお前、ここで何をしていた?」
カミュ常「……、取材だよ。別に一つの事件だけを追いかけているわけにいかないのが新聞記者さ。じゃあまた」
cgクリア
小次郎常「なかなかボロを出さないな。シュペングラーの会社の住所を暗記していたのはどう評価したものか」
小次郎常「さて、今から行くか。どうやら漁られた後のようだが、」
bgシュペングラー会社前
小次郎常「ここか……。実業家の会社にしてはえらく小さいな」
小次郎常「それはそうと……、なんで」
cgエリカ
エリカ常「あれ、明智さんじゃないですか。奇遇ですね」
小次郎常「エリカ……、なんであんたがここにいるんだ」
エリカ常「いえ、悪い人のアジトがこことロベリアさんに聞いて、突撃しに来たんです」
小次郎常「は?」
エリカ常「ちょうどいいところに来てくれました。これも神のお導きでしょう」
小次郎常「いや、ちょっと……」
エリカ常「さっきから悪い人たちが出入りしているみたいですが、二人なら大丈夫です」
小次郎驚「連装型の……、マシンガン!?ちょっと待てあんた聖職者なんじゃ……」
エリカ常「さあ悪い人たち!悔い改めなさーい!」
sound連射音
警官「うわわわわ!」
警官「敵襲!敵襲!」
小次郎驚「待て待て待て!あの服装は警官だぞ!」
エリカ常「さあ明智さん、今のうちに突撃して下さい!」
小次郎怒「いや、だから……、ちょっと待てと言ってるんだっっっ!」
エリカ驚「あれーっっ!」
sound激突音
小次郎怒「警官を撃ってどうするんだ!人の話を聞け!!」
エリカ驚「……気が付いたらひっくり返っていました。これが噂に聞く日本のジュードーですね!」
小次郎常「……そんな大層なもんじゃない。ただの無力化手段だ」
エリカ常「ところでどうして明智さんが私を投げ飛ばしたんですか?」
小次郎常「だから、あれは警官だ!……エビヤンまでいるじゃないか」
エリカ常「へ?」
エリカ恥「もしかして私、またやっちゃいました……?」
cgエビヤン
エビヤン怒「うむ、本官の優秀な部下たちでなかったら、死人が出ていたかもしれんところだったぞ」
小次郎常「エビヤン警部、状況の説明は……いらなさそうだな」
エビヤン常「うむ、不本意ながら状況は大変よくわかっておる」
小次郎呆「やっぱり日常茶飯事なのか……」
エビヤン常「それでも、今回は明智くんが取り押さえてくれたおかげで助かったよ」
小次郎呆「……」
エビヤン常「しかし、明智君。君がここに来ているのは偶然ではないな」
小次郎常「ああ。探偵としての仕事で来た」
エビヤン常「犯人探しは警察の仕事だ、我々の仕事の邪魔をせんでもらおう」
小次郎常「……」
エビヤン笑「……だが、邪魔をしないのならば、参考人が立ち会うことにやぶさかではない」
小次郎笑「ありがたい!」
エビヤン笑「どうせ追い払っても後で捜索するつもりだったんだろう?」
小次郎常「ああ、そうするつもりだった」
エビヤン常「では入りたまえ。何かに触れるときは本官の許可を取ってからにしてくれよ」
小次郎常「ところで、エリカはどうするんだ」
エビヤン常「どこかで何かを起こされても困るな……。銃は取り上げておくから、行動は君が監視しておいてくれ」
小次郎常「扱いになれているな……」
bgシュペングラー会社内部
小次郎常「たったこれだけか。パリの社交界に打ってでようとする奴の事務所が」
エビヤン常「本体は別にあるに決まっている。それに繋がる証拠や痕跡、何でもいいから探すんだ」
警官「はっ!」
小次郎常「とはいえ、無人だというのはもうほとんどの書類を運び終えた後だという可能性もあるな」
エビヤン常「そう悲観したものでもなさそうだぞ。さすがに昨日の今日では限界があったようだ」
小次郎常「む、かなり急いで処理しようとしたと見えるな。結構残っている」
エビヤン常「ここに先遣の警官が到着した時に、怪しい人影がここから逃走したそうだ」
小次郎常「……そいつは、どんな奴だった?」
エビヤン常「見掛けたのは本官ではないのでな。おい、ここから逃げた人影ってのはどんな姿だった?」
警官「帽子を深くかぶっていたので顔は見えませんでしたが、軍人ではなく軽装の一般人のようでした」
エビヤン常「……ということだそうだ。シュペングラーの配下か敵かわからんな」
小次郎常「しかし、犯人ではなく被害者の会社を強制捜査というのはどういうことだ?」
エビヤン常「奴の素性は話したな。実は前から国家転覆罪で内々に捜査を進めようという話はあったのだ」
小次郎常「上がどうとか言っていたな」
エビヤン常「そうだ。どうも妙なところから圧力がかかっておって動けなかったのだ」
小次郎笑「そこで、事件の特殊性をいいわけに話を強行させたということか」
エビヤン笑「うむ、まあそんなところだ」
警官「警部、ドイツ語の書類で中身がすぐにはわからないものが多いです」
エビヤン常「数字が書いてあるものは全部だ。とにかく金の出所がわかりそうな書類は全て押収せよ」
警官「はっ」
小次郎常「やれやれ……出る幕無しだな」
エリカ常「明智さん、虫眼鏡で観察したりしないんですか?」
小次郎常「無くても大体のものは見える」
エリカ常「そうですか……エリカつまらないです。明智さんが名探偵らしく証拠を見つけてくれると思ったのに」
小次郎常「そんなことを期待されてもな。……む?」
小次郎常「(なんだこれは……。銀製の、蝶のブローチ?)」
小次郎常「(どこかで同じものを見たような……)」
小次郎常「(エビヤンは気づいていない。確保しておくか)」
エリカ常「ところで明智さん、ここって悪い人のアジトですよね」
小次郎常「悪い人……になるか。被害者だがあまりまともな人物ではなかったからな」
小次郎常「しかし、そんなこともわからずに突入しようとしていたのか。マシンガンまで持ってきて」
エリカ常「これはいつも持ち歩いているんですよ。ほら」
小次郎驚「ぶっ!! ……嫁入り前の娘がそうやってスカートを翻すものじゃないっ!!」
エリカ常「大丈夫ですよ。神はおっしゃいました。右の太股を見せたら左の太股を見せろと」
小次郎呆「違う……、絶対に違う……」
エリカ常「ええー。そのつもりでいつも練習しているのに……」
小次郎常「(そういえばこの娘もシャノワールの一員だからステージでは踊るわけか。忘れていた)」
小次郎呆「(しかし、いきなりスカートをめくりあげないでくれ……)」
エリカ常「そうそう、この人が悪い人なんですよね」
小次郎常「勝手に触るとエビヤン警部が……、いや待て、それは……」
bgシュペングラーの顔写真
小次郎常「そうだ。それがこの会社の持ち主だったシュペングラーだ。もっとも、もう生きていないが」
小次郎常「エビヤン警部、済まないがこの顔写真、もらえないか」
エビヤン常「ふむ。同じ顔写真がさっきから何枚か見つかっているからな……。裏書きは無いか。いいだろう」
bgシュペングラー会社内部
cgエビヤン
小次郎常「有り難い。捜査するにも被害者の顔が説明しづらいと思っていたんだ」
エビヤン常「まあそうだろうな。その分しっかりと働いてくれよ。本官たちはこれから押収した書類の整理だ」
小次郎常「出てきたのは書類だけか?」
エビヤン常「取り扱っている商品が少しでも無いかと本官も考えたのだが、見つからんのだ」
小次郎常「屋根裏がある構造じゃないし……」
soundノック
小次郎常「壁も音は変わらずか。部屋の大きさもほぼ外と見た大きさと同じだな……」
小次郎常「後は……」
エリカ常「わ、明智さんがとても探偵らしいことをしてますね!エリカ感激です!」
小次郎常「おいおい、飛びはねるような……」
sound鈍い衝突音
小次郎常「ん?妙に、音が軽いような」
エビヤン常「ふむ。エリカさん。ちょっと移動してから飛び跳ねてくれるか?」
エリカ常「へ?いいですよ。エリカジャンプします」
sound鈍い衝突音
小次郎常「違うな。ということは……」
エビヤン常「このリノリウムの下に、地下室か!?」
小次郎常「めくれるようなところはないか?」
エビヤン常「各員、床を丁寧に探せ!剥がせる場所はないか」
警官「了解!」
小次郎常「……」
警官「……」
エビヤン常「……」
小次郎常「見あたらないな……」
エビヤン常「どこかに入り口があるはずだ。机も動かすぞ」
エリカ常「あ、エリカも手伝います!」
小次郎常「おいおい、ちょっと……」
エリカ常「あ、あれーっ!」
sound破裂音
小次郎驚「なんで、何もないところで転んだあげく、マシンガンの弾薬まで誘爆させることができるんだ……」
エリカ常「いたたたた……、またエリカ転んじゃいました……」
小次郎常「ん?誘爆でリノリウムが剥がれて……、この下は板だ。空間があるぞ!」
エビヤン驚「本当か!ようし、力尽くでかまわん、引き剥がしてしまえ」
警官「はっ!」
エリカ常「わお、すごいですね。これぞ神のお導きです」
小次郎常「それを信じていいのかどうか頭が痛くなってきた……」
エビヤン常「エリカさん、お手柄だが……、次からは軽率な行動は慎んでくれたまえ……」
警官「警部、奥はかなり広そうです」
エビヤン常「携帯蒸気灯を集めて照らせ。本官がロープで降りる」
小次郎常「さすがに、用意がいいな」
エビヤン常「しっかりロープを持っていてくれよ……」
エビヤン常「……よし、床についたぞ。本官の前を照らしてくれ……、次、右……、ふむ……」
小次郎常「どうだ?」
エビヤン常「開いたままの扉の向こうに、登り階段がある。屋外に出入りする穴を隠してあったんだな」
小次郎常「部屋の中には何も無いか?」
エビヤン常「めぼしいものは無い……。倉庫のようだが……」
小次郎常「すまん、俺も降ろしてくれ。暗がりでも目は効くんだ」
エビヤン常「いいだろう、降りてきてくれ」
bg地下室
小次郎常「……」
小次郎常「……床に、ところどころ粉が落ちているな」
エビヤン常「リノリウムの欠片ではないのか?」
小次郎常「いや、穴から外れたところにもある……」
エビヤン常「摘めるか?」
小次郎常「……これだ」
エビヤン常「匂いは無いな。……が、妙にキラキラと光を反射しているな。何かの鉱物か?」
小次郎常「わからん。集められるだけ集めて持って上がろう」
エビヤン常「うむ、頼んだぞ。これが取引品の可能性がある」
bgシュペングラー会社内部
cgエビヤン
エビヤン常「数グラムといったところだな。こいつは鑑識に回そう。捜査協力に感謝するぞ、明智君」
小次郎常「薔薇の花粉、ということもあり得る。何かわかったら教えてくれ」
エビヤン常「なるほど、凶器の黒薔薇だな。そいつは必ず確認させよう」
エビヤン常「よし、一隊はこの建物と周辺の保全に残れ。小官が後で土木用人型蒸気を引っ張ってくる」
エビヤン常「周辺を堀りまくって逃げ残しが無いかを徹底して調べるぞ。いいな」
警官「はっ!」
cgクリア
小次郎常「パリでは警察が人型蒸気を持ってるのか。さすがに欧州大戦で多用されただけのことはある」
エリカ常「明智さん、結局悪い人の証拠は見つかったんですか?」
小次郎常「見つかった可能性がある。全くもって不思議だが、あんたのおかげだ。感謝する」
エリカ笑「えへへー、なんだかわかりませんが、エリカお手柄ですか」
小次郎常「ところで、ちょっと内密に話がある。外に出てくれないか」
エリカ常「へ?いいですよ。懺悔でしょうか?」
bgシュペングラー会社前
小次郎常「実は、エルザのことについて聞きたい。だが本人には秘密にしておきたい。できるか」
エリカ常「ええ。神に仕える者は神以外には黙することができます」
小次郎常「なるほど、無礼な質問だったな」
エリカ常「とはいっても、エルザさんのことを全部知ってるわけじゃないですよ」
小次郎常「昔話をしたことはないか。エルザは孤児だと言っていたが、どこでどうやって育ったのか」
エリカ厳「……明智さん。答える前に教えて下さい。どうして私ならば答えられると思ったんですか」
小次郎常「花火嬢とグリシーヌからの提案だ。本番前に本人を煩わせたく無いがどうすればいいかと聞いた」
エリカ厳「グリシーヌさんと花火さんが、ですか」
エリカ厳「お二人は明智さんになら、私がお話してもいいと思ったんですね」
エリカ常「……わかりました。私も明智さんは信用に足る方だと思います」
エリカ常「親友のお兄さんなら、エルザさんも許してくれるでしょう」
小次郎常「……ありがとう」
エリカ常「エルザさんは孤児院で育ったと聞いています。ただ、その生活は普通の孤児院とは違うようでした」
小次郎常「普通の、孤児院じゃない……」
エリカ常「……あくまで、私の知っている普通の孤児院と比べて、とのことですが……」
小次郎常「ああ、……済まない」
エリカ厳「いえ……」
エリカ常「本来はどこの孤児院も、豊かなわけではありません。欧州大戦の後は特に数が増えたこともあって」
エリカ常「ほとんどの孤児院では食べ物を節約し、子供たちが畑を耕すことも珍しくありません」
エリカ常「それくらいならまだよい方で、子供たちが大挙して強盗を生業としていた例もあります」
エリカ常「でもエルザさんのいた孤児院では、そういったことは無かったそうです」
エリカ常「成績さえよければ三食きちんと与えられ、エルザさんは孤児院時代にひもじいことは無かったとか」
小次郎常「……成績?」
エリカ常「はい。といっても勉強だけじゃなく、身体能力や、よくわからない蒸気機械に乗っていたそうです」
小次郎悩「(……身体能力に、蒸気機械!?)」
エリカ常「普通の孤児院ですることではありません。養子を探す貴族のために試験をするのがせいぜいでしょう」
小次郎常「……なるほど」
エリカ常「ですがあるとき、突然孤児院が閉鎖になってしまい、残っていた者は放り出されたのだとか」
小次郎常「……残っていた?」
エリカ常「はい。成績の悪かった者は次々と姿を消していったそうです」
小次郎悩「……」
エリカ常「ただ、色々教え込まれていたおかげで、エルザさんはその後一人で生きていくことができたのだとか」
小次郎常「一人で?十人ほど残っていたのに、一緒に暮らさなかったのか……?」
エリカ常「……、言われてみればおかしいですね。何故でしょう……」
小次郎常「(閉鎖された孤児院にでも、集まることはできるはず。……それすら出来ない?)」
小次郎常「(どこにあるかもわからないように、完全に外と隔離されて訓練を受けていたということか……)」
小次郎常「その孤児院の場所か、名前は聞いたか?」
エリカ常「名前は聞いています。パピヨン孤児院、と言っていました」
小次郎常「パピヨン……蝶か。変身の象徴……?」
エリカ常「ただ場所までは……。エルザさんがパリ育ちというからにはパリのどこかだと思いますけど」
小次郎常「あんたでも聞いたことはないのか」
エリカ常「はい。私もそれなりに孤児院には詳しいんですけど……」
小次郎常「そうか……、詳しそうな知り合いはいないか?」
エリカ常「孤児院に詳しいというと……。そうですね、神父さまならご存じかもしれません」
小次郎常「知り合いの神父か。……その人物に紹介してもらえるか」
エリカ常「……はい。わかりました」
bg教会前
cgレノ
エリカ常「あ、いたいた。神父さまー」
小次郎常「あの方か」
レノ常「おお、エリカさん。どうなさいましたか。……ん?その方は」
エリカ常「こちらは明智小次郎さん。エリカの友達のお兄さんでちょんまげのない日本の探偵さんです」
レノ常「探偵……?」
小次郎常「神の家に無粋な用事で失礼を致します。実は神父様に折り入ってお尋ねしたいことがあり参りました」
レノ常「嘘は申しませんが、答えられることと答えられないことがございます」
小次郎常「パピヨン孤児院という名の孤児院の場所を、いえ、場所でなくても何か手がかりをご存じありませんか」
レノ常「……明智さん、とおっしゃいましたね」
小次郎常「はい」
レノ常「あなたがそれを探す目的は、神の前に恥じぬものであると誓うことができますか」
レノ常「孤児院から出て平穏に暮らしている子供たちにとって、過去を詮索されることは決して愉快なことではありません」
レノ常「貴方が興味本位でそれを探すのであれば、お答えするわけにはいきません」
小次郎常「……神に誓うことは出来ぬ身ではありますが、妹の友人を守るために探しております」
レノ常「それでは、あなたの祖国の名に賭けてそれが嘘偽りでないと誓うことはできますか」
小次郎常「はい。私の……祖国の名に賭けて」
レノ常「……わかりました。貴方は嘘をおっしゃってはおられぬようです。エリカさんが信じた貴方を信じましょう」
レノ常「パピヨン孤児院、確かにその名を聞いたことがあります」
レノ常「ですがその孤児院の場所は、知られていないのです。そこで暮らしていた子供たちにすらも」
小次郎驚「……なんですって?暮らしていた子供たちも?」
レノ常「はい。過去に数人、パピヨン孤児院出身という子供に会いましたが、誰も孤児院の場所を知りませんでした」
小次郎驚「普通の孤児院なら寄付を募るためにむしろ子供たちを外に回らせるはず……」
レノ常「残念ながらあなたの仰る通りです。でもパピヨン孤児院では子供たちを外に出さなかったのでしょう」
レノ常「いえ、それどころか、孤児院を閉鎖するときも、孤児院から離れた場所で子供たちを放ったのでしょう」
小次郎常「(それは……、エリカがエルザから聞いた情報を裏付ける。やはりただの孤児院じゃない……)」
小次郎常「(だが、エルザはパリ育ちであることに確信を持っていた……)」
小次郎常「(放逐されたのがパリ近郊で、運ばれた距離はそう長くなかった?)」
レノ常「ですから、パピヨン孤児院は……、こう申し上げてはなんですが……、不吉な場所なのです」
小次郎常「子供たちも知らないとなると……では、パピヨン孤児院の関係者らしい人物に心当たりはありませんか」
レノ常「申し訳ありませんが……、孤児院に関係する知人は多いのですが……」
小次郎常「……では、欧州大戦後に、不思議な力を持っている子供を探していると聞かれたことは?」
レノ驚「!?」
エリカ常「明智さん……、それは、どういうことですか」
小次郎常「解散時ではなく、発足時に足跡を残している可能性が無いかと思ってな」
レノ常「……確かに、覚えがございます」
小次郎驚「!」
レノ常「奇妙な依頼でしたので、よく覚えております。養子を探される場合、特殊な子供は避けられますから……」
エリカ悲「……」
レノ常「あ……、エリカさん。済みません……」
エリカ常「いえ……、いいんです。神父さま。本当のことですから……」
小次郎常「(そういえば花火嬢はエリカも同じような境遇と言っていたな。……ということは、エリカも?)」
小次郎常「(いや、今はそれよりもだ)」
小次郎常「人物まで覚えていらっしゃいますか?」
レノ常「はい。著名な篤志家で、ヴァレリー・スタンダールさんと仰る方です」
レノ常「教会にもよく寄付をして下さり、その縁があったのですが、その依頼は今思えば異様でした……」
小次郎常「その人物は、まだ存命ですか」
レノ常「はい。今でも年に一二回は寄付を下さっています」
小次郎笑「(よし……!)」
レノ常「ただ、ご本人とはここ何年もお会いしておりません。執事の方がお金を届けてきて下さるくらいです」
小次郎常「わかりました。神父さま、申し訳ありませんがスタンダール氏への紹介状を戴けないでしょうか」
小次郎常「かつてパピヨン孤児院にいた一人の少女に危機が迫っているので、どうしても力をお借りしたいのです」
レノ悩「……」
エリカ常「神父さま、明智さんは善い人です。エリカが保証します!」
レノ常「……わかりました。神ならぬ身ですが、この老人の微力で子羊を救うことができるならお手伝いしましょう」
小次郎常「ありがとうございます……!」
レノ常「では、一晩お時間を戴けますか。明日にはお渡しできると思います」
小次郎常「わかりました。それでは、また明日こちらに伺います」
レノ常「はい。それではまた明日お目に掛かりましょう」
cgエリカ
小次郎常「エリカ、感謝する。あんたが力添えしてくれなければ手がかりが途絶えるところだった」
エリカ笑「えへへ……、エリカお役に立てましたか。よかったです」
エリカ常「それにしても、さすがにミキさんご自慢のお兄さんですね。まさに探偵、って感じでした」
小次郎常「猫を探す方が得意なんだがな。そういえば猫は見つかったのか?」
エリカ笑「はい、ばっちりです!これでしっかりあのご恩はお返しできましたね」
小次郎常「そういえばそういう約束だったな。ありがとう」
エリカ常「それじゃ、私はリハーサルがありますからこれで」
cgクリア
小次郎常「そうか。もう夕方か。ミキとエルザもリハーサルだと今日はもうミキとは会えないな」
小次郎常「まあいい。被害者の側からばかり捜査していたが、夜は加害者から捜査するか」
bg夜の町並み
小次郎常「昨日の酔客たちなら話がしやすそうだな……」
bgバー
レナード常「また来たのか。アインならまだ来てないぜ」
小次郎常「いや、それもあるが、そっちの客とアンタに聞きたいことがある」
酔客2「よう。昨日の兄ちゃんか」
レナード常「話を聞くより先にやることがあると思うが」
小次郎常「……悪い。いいのを一杯くれ」
レナード常「ここはバーなんだ。忘れないでくれ」
小次郎常「気をつけるようにする」
酔客2「お。今日は俺には無しか」
小次郎常「これから聞く内容にしゃべれる話があったら言ってくれ」
酔客2「そうこなくっちゃな」
酔客1「よし、俺も混ぜろ」
レナード常「で、どんな話を聞きたいんだ」
小次郎常「透明人間がいるって聞いたことはないか?」
レナード常「…………」
酔客2「おいおいおい、そんなのわかるか」
酔客1「まったくだぜ、透明人間がいるってどうやってわかるんだよ」
小次郎常「姿の見えない暗殺者を捜しているんだ。透明人間がいるというような噂は飛び交っていないか」
酔客2「姿のない暗殺者か……、さすがに聞いたことはねえな」
小次郎常「そうか……」
酔客1「姿が見えなくなる盗賊なら知ってるが、暗殺者なんて考えたくもないな」
小次郎驚「何!?どういうことだ!」
酔客1「どういうことも何も、お前はパリの悪魔の話を知らんのか」
酔客2「ちっ、うまいことやりやがって。……まあ、東洋人じゃ仕方がないか」
小次郎常「聞かせてもらおう。マスター、彼の好きな酒を頼む」
レナード常「……いいだろう」
酔客1「悪いな。まあ酒代くらいは存分に話してやるぜ」
酔客1「パリの悪魔ってのは懲役千年にもなろうって有名な盗賊だ」
小次郎常「さすがはリュパンの母国だな」
酔客1「いや、これは実在の人物さ。新聞にだって載っている話を、懇切丁寧に教えてやろうというんだ」
酔客1「パリの悪魔がやった犯罪は強盗、放火、破壊……まあ色々だ。強姦と殺人以外は全部だな」
酔客1「特に有名なのが放火と爆破だな。パリの悪魔は、少なくとも炎を操ることが出来るそうだ」
小次郎常「爆弾魔、というわけではないのか」
酔客2「いや、薪も油もマッチも無しに、雨の日でさえ手に炎を灯すことができるそうだぜ」
小次郎常「(火炎能力者か。黒鬼会にもいたと聞いているが……)」
酔客1「話すのは俺だろ。そいつは何百という警官が身を以て体験しているから間違いない」
酔客1「そこまで来ると魔物としか思えないが、ちゃんと身体のある美人だというからパリは面白い」
酔客1「そいつの数ある伝説の一つにな、衆人環視の下で姿を消したという話が確かにある」
酔客1「それも、エビヤンというライバル刑事の証言付きでな」
小次郎常「……妙なところで知った名前が出てきたな」
酔客2「お、エビヤンの世話になったのか。お前何をしたんだ」
小次郎常「いや、透明人間の犯罪を被されそうになっただけだ」
酔客2「なるほどな。それで追っかけてるのかよ」
小次郎常「(エビヤンが、俺の話を真面目に聴いてくれたのは、身を以て体験していたからか)」
小次郎常「その巴里の悪魔、美人ということは女なのか。花を使うという話は無いか」
酔客1「花……?いや、聞かないな。おまえ知らないか?」
酔客2「いや、花より爆発ってものだろ」
小次郎常「そうか……」
小次郎常「(姿を消した……。なんとでもとれるな。トリックかもしれないが、何らかの特殊能力かもしれない)」
小次郎常「(あの犯人の姿はまったく見えなかった。トリックなどでは片付かない)」
小次郎常「(あの犯人がパリの悪魔である可能性は……)」
cgアイン
アイン常「……ああ、よかった。今日もいてくれたのね」
小次郎常「アイン。また会えたな」
レナード常「……大丈夫か」
アイン常「ありがとう、マスター。少し……仕事で疲れただけ」
レナード常「フン、お前の少しはあてにならんな。これでも飲んでろ」
アイン常「いただくわ。……ふぅ」
アイン常「ずいぶん早くに来て、何を話していたの?」
小次郎常「透明人間がいるかって聞いていたんだ」
アイン笑「あら、ずいぶんとロマンチックな話ね」
小次郎常「ロマンチックか?話している俺が眉に唾を付けたいところなんだが」
アイン笑「科学者から見てロマンチックよ。透明人間、色々な実現方法が可能ね」
小次郎常「例えば?」
アイン笑「あら、今日は私からの講義なわけ?いいわ、まず蛋白質自体を透明にすること」
小次郎常「蛋白質……というと人体の構成要素だな。肉を透明にできるのか?」
アイン常「不可能じゃないけど今はできないわね。人体に透明な部分ってあるのよ」
小次郎常「何?どこだ?」
アイン常「眼球よ。ほら、よく見て……」
bgアイン顔アップ
アイン常「眼球の前方部は、水晶体と言われるくらい、透明なのよ」
小次郎照「……な、なるほど」
bgバー
cgアイン
アイン常「納得できた?でも、実際には臓器や骨を透明にするのは困難ね」
小次郎常「出来たとしても遠い未来の技術か」
アイン常「そう。現実的な透明人間の成り方としては、光を曲げることかしらね」
小次郎常「それこそ困難じゃないのか。光は直進するものだと思っているんだが」
アイン常「曲がるわよ。例えばこの照明の下で、壁に近いときの影と、壁から遠いときの影は違うでしょう」
小次郎常「む……」
アイン常「回折って言うのだけど、光は物体の近くで曲がる性質を持っているのよ」
アイン常「その現象をさらに強力にして、前から光を身体に沿って曲げた後、方向を揃え直して後方へ送ることが出来れば」
アイン常「その身体は見えなくなるわ。物体にまで光が届かなければ反射も起こらず認識できないもの」
小次郎常「なるほど……。そうやって曲げることができるあてはあるのか?」
アイン常「あるわよ。まだ実用段階じゃないけれど、高圧蒸気に関連した光学現象を応用すればできるかもしれない」
小次郎常「む……、現時点ではまだ実用段階ではないのか」
アイン常「蒸気科学ではね」
小次郎常「蒸気科学では、か。そういえば蒸気応用物理学だと言っていたな」
アイン常「ええそうよ」
小次郎常「帝都ならばいざしらず、ベトナム出身で蒸気科学者というのはよほどの覚悟がいるはずだ」
アイン笑「ふふっ、帝都東京の人にそう言ってもらえると光栄ね。ええ、日本の帝都東京の豊かさはほとんど伝説のようだったわ」
小次郎常「アイン、お前の動機はその憧れか?」
アイン常「……鋭いところを聞いてくるわね。探偵らしいわ」
小次郎常「お前の覚悟が並大抵じゃないことはわかる。そもそも女性の蒸気科学者なんて世界でも数えるほどのはずだ」
アイン常「……そうね。ねえ小次郎、貧困を解決するのに何が必要だと思う?」
小次郎常「まず食い物だな。次に安価なエネルギー、そしてそれによる産業か」
アイン常「順序はそんなところかしらね」
アイン常「でも安価なエネルギーがあれば、農地の開拓も大規模な感慨も可能になるわ。食料はエネルギーで解決できるの」
小次郎常「エネルギー?蒸気科学はあくまで応用で、一次エネルギー源は木材や石炭だろう?」
アイン常「今の蒸気機関のほとんどに炭水車が無いことを疑問に思ったことはない?それが私の研究よ」
小次郎常「炭水車が、無い……?」
アイン常「今の工事用人型蒸気が炭水車を持っている?」
小次郎常「いや……、そういえば最近のものは持っていないな。しかし、今の蒸気機器のほとんどは今は外からの蒸気供給のはずだ」
アイン常「帝都七大ボイラーね。帝都のそこまで完成されたシステムは驚嘆すべきものだけど」
アイン常「蒸気管と繋がっているものはそれでいいわ。では蒸気管と繋がっていないものは?」
小次郎常「……無い、な。確か、圧縮蒸気を蓄えていると教わった」
アイン常「正解。今の独立系蒸気機器のほとんどは外部供給された圧縮蒸気を蓄えて、それを放出しつつ動いているわ」
小次郎常「なるほど、確かに湯気を噴き出しつつ動いているな」
アイン常「疑問に思ったことはない?」
小次郎常「何がだ」
アイン常「何故、石炭と水を用意せずに、圧縮蒸気を用いるものが主流になったのか」
小次郎常「それは……、単純に考えてかさばるからだろう。炭水車は無いに越したことはない」
アイン常「それも正解。……蒸気学科の新入生へのテストなら、ね」
小次郎常「別の理由があるんだな」
アイン常「じゃあ簡単な問題。熱いコーヒーを放置しておくとどうなるかしら」
小次郎常「冷めるだろう。……厳密には周辺の大気を少し暖めるな」
アイン常「そう、熱は高いところから低いところへ移動する。それが熱力学の基本」
小次郎常「それがヒントか」
アイン常「ええ、蒸気都市帝都に暮らしている探偵さんならわかるんじゃないかしら」
小次郎常「蒸気都市帝都の……、蒸気管から蒸気が来て……」
小次郎常「伝達時や保存時の、熱損失が大きすぎる?」
アイン常「ええそう。蒸気管や蒸気蓄積管はガラスや陶器を併用して断熱効果を持たせているけど、それも限度があるわ」
小次郎常「確かに、蒸気柱の周辺は冬でも暖かい……。圧力集中による爆発を防ぐために圧抜きをしているだけかと思っていたが」
アイン常「実際には蒸気需要は一様じゃないでしょうからね。蒸気管の途中にある蒸気柱は一時蓄積もするはずよ」
小次郎常「その度に放熱によりエネルギー損失が生じているのか。非効率的だな」
アイン常「その通り。非効率極まりないことをしているのよ。各所に水と石炭を輸送した方がエネルギー損失は少ないの」
小次郎常「にも関わらず、そうしているにはわけがあるんだな」
アイン常「どうしてだと思う?」
小次郎常「輸送しやすいから、ではないな。知り合いの配管工が蒸気管は水道管より扱いにくいと言っていた」
アイン常「ええ。それは正しい認識だわ」
小次郎常「圧縮蒸気の利用……。そういえば、単に蒸気ではなく圧縮蒸気と言っていたな」
アイン笑「いいところに気がついたわね」
小次郎常「蒸気管で運んでいるのは単純な蒸気じゃない?圧縮蒸気が何かはわからんが、圧縮して運んで効率を稼いでいる?」
アイン笑「惜しいわね。近いところまで来ているけどそれじゃあ単位はあげられないわ」
小次郎常「降参だ。留年は勘弁して欲しいから補講を頼む」
アイン笑「いいでしょう。ここまでたどり着いただけでも大したものだからね」
アイン常「さて、どこから話そうかしらね。……カルノーサイクル、って知ってる?」
小次郎常「いや、初耳だ。何かのエンジンか」
アイン常「仮想的な、熱力学上理想的なエンジンといえばいいかしら」
アイン常「古典熱力学上、これよりも効率がいい機関は理論上無い、とされるものよ」
アイン常「熱源から熱を受け取った理想気体が冷熱源下で仕事をする膨張と圧縮のサイクル」
アイン常「圧力Pに対して、体積Vを縦軸に取ると、こんなサイクルになるの」
bgカルノーサイクル
小次郎常「石炭燃焼で温められた蒸気がエネルギーを持ち高圧になり、膨張して機関を回すことを仮想化したと考えればいいか」
アイン常「水は液体から気体になるときに大きく膨張するから、その例とは違うのだけど」
小次郎常「蒸気科学の話じゃ無かったのか?」
アイン常「ええ。これは水が蒸気になる際じゃなくて、一旦気体になった後の水蒸気の話」
小次郎常「水蒸気を、さらに圧縮、膨張させるのか?それは無駄だろう……」
アイン常「そう。本来ならそれは無駄なはずだったのよ。蒸気機関が最も力を発揮するのは液体から気体への膨張時……そのはずだった」
アイン常「いったん気体になった水蒸気に何をしても、加えたエネルギー以上に仕事は出来ない」
アイン常「しかもその仕事効率は熱源と冷熱源との温度比に縛られる」
小次郎常「絶対に無駄が生じるわけだ。永久機関は存在し得ない、だったか?」
アイン常「まさにそう。カルノーサイクルの限界とは、絶対零度が存在しない限り永久機関は存在しないということ」
bgバー
cgアイン
アイン常「……でも、そうじゃなかった」
小次郎常「……何?」
アイン常「言葉通りの意味よ。永久機関が存在してしまった……いえ、永久機関を越えるものが見つかってしまった」
小次郎常「……冗談だろう?」
アイン常「じゃあ問題。世界に冠たる蒸気都市東京。そこで、貴方はどの程度石炭を見たことはある?」
小次郎驚「……!!」
アイン常「帝都七大ボイラーと言っていたわね。そこで、使っていなければならないはずの莫大な石炭を輸送しているのを見たことは?」
小次郎驚「……馬鹿な。そんな、そんなことが……」
アイン常「ほとんど見たことが無いでしょう。帝都東京の生活を支えるにはあり得ないほどに」
小次郎常「確かに……そうだ。北九州から運んでいると政府公報にあったが、東海道線を石炭車が走っていることを見ることはまずない……」
アイン常「チクホー炭田、だったかしら」
小次郎常「よく知っているな」
アイン常「蒸気都市東京のことはよく調べてあるのよ」
小次郎常「つまり、その永久機関を越えるものは、とっくに実用されているんだな」
アイン常「そう。媒体が蒸気だから表向きは蒸気機関ということになっているけど……」
アイン常「今蒸気管を使って伝達されている高圧蒸気とは、本来の蒸気機関で得られたものではないの」
小次郎常「ようやく納得がいってきたぞ」
小次郎常「本来、生成した後の蒸気を伝達しても意味は無い。ただの熱源にしかならないはずだ」
小次郎常「蒸気管を通って来る蒸気は高圧だと思い込み、その高圧状態から膨張するときに仕事をすると思っていたが……」
小次郎常「そんなしくみなら、蒸気管のどこか一カ所が破損するだけで圧力低下を招いて使い物にならなくなるはずだ」
小次郎常「確かに今の蒸気機器は外燃機関である蒸気機関とはまったく別物だ……」
アイン常「さすが探偵さん。そこまで速やかに理解してくれると教え甲斐があるわ」
小次郎常「だが何故だ。何故、それを蒸気機関だと言い続ける必要がある」
アイン常「貴方は蒸気機関の仕組みはわかっているわよね」
小次郎常「水を加熱して水蒸気になるときの体積膨張で仕事をする、だ。尋常小学校でも習う」
アイン常「そう、それなら理解してもらえるわね。でも今の高圧蒸気は、理論がまったくわかっていないのよ」
小次郎常「理論が、わかっていない……?モノがあるのにか」
アイン常「そもそも高圧蒸気とは何か、を説明しないとね。単純に言えば特定条件で水蒸気を圧縮したものよ」
小次郎常「……特定条件、ね」
アイン常「さっきカルノーサイクルの話をしたわね。元々は水蒸気を用いてカルノーサイクルの実験を試みた科学者がいたのよ」
アイン常「でも、高温高圧下では、水の挙動がどうもおかしいの。気体でも液体でも無い、不可思議な挙動が観測されることもあった」
アイン常「こうなってくると、そもそもカルノーサイクルとの乖離を研究するようになっていったのね」
アイン常「はじめのうちは、それはエネルギーロスが大きい方向にしか働かなかった」
アイン常「でも、超高圧の特定条件下で断熱圧縮を試みたとき、ありえない現象が観測されたの」
アイン常「断熱圧縮に要したエネルギーを遙かに上回る高エネルギー状態へ水蒸気が遷移したのよ」
小次郎常「さっき言ったのがそれか。加えたエネルギー以上のエネルギーが得られれば、それは永久機関を越えていることになる」
アイン常「そう。このときに観測されたエネルギー量は、圧縮に要したエネルギーの十倍以上もあった」
小次郎驚「……!」
アイン常「今は研究が進んで、それ以上のエネルギーを得ることができるようになっているわ」
アイン常「それが、貴方が帝都で石炭をほとんど見なくなった理由。実際は放熱や設備維持のために、完全に永久機関にはならないけどね」
小次郎常「……なるほどな。それだけの効率でエネルギーが得られれば石炭の消費量は恐ろしく少なくなる」
小次郎常「実用化しているということは結果は得られている。……だが、それが何故起きるかわからないんだな」
アイン常「ええ。だって、本当にあり得ないことなんですもの。この現象は、エネルギー保存則を無視している」
アイン常「世が世なら、神の奇跡か悪魔の所行かってことで宗教裁判になりかねないほどの事実なのよ」
小次郎常「ものはどちらにでも言い様があるな。確かに説明の付かない事態は恐ろしい」
アイン常「だから一般人向けの広報はあくまで蒸気機関の改良版ということにしているの」
アイン常「その間に理論蒸気科学者は、なんとかしてこの現象を説明づけようとしているわけ」
アイン常「かつてのエントロピーのように、人類がまだ気づいていない概念的量が、何らかの形で失われているのではないか」
アイン常「それとも高圧蒸気となった水分子は、私たちが気づかない変化を起こしているのではないか」
アイン常「諸説出ているけど、私の研究テーマはそこにあるというわけ」
小次郎常「しかし、そんな機関が開発されているなら、安価なエネルギーの供給は十分だろう」
アイン常「超高圧の特定条件下、と言ったでしょう。並の圧縮装置では実現できないの」
アイン常「まず良質の石炭と燃焼炉で十分な高温を作り出す必要があるし……」
アイン常「特異圧縮に耐えるだけの耐圧性能を常用するのは高い技術力がいるわ」
アイン常「必然として装置は高額かつ大型にならざるを得ないから、ボイラーは集約する必要があるわけ」
小次郎常「帝都七大ボイラーの正体はそれか……」
アイン常「帝都東京の財力、技術力は驚嘆すべきものよ。今のままでは途上国ではどうにも活用できない」
小次郎常「だが現象が理論的に解明できれば、もっと安価に活用できるようになることが期待される、だな」
アイン常「その通りよ。今のままでは帝都級のボイラーなんて、ベトナムには一基も設置できない」
アイン常「ベトナムが植民地から脱却するには、この科学の力を手にしないといけないのよ」
小次郎常「お前はサイゴンを帝都にしたいのか」
アイン常「はっきり言うわね。もちろんよ。それが、これを読んだ時からの私の夢」
小次郎常「……なんだ、それは」
bg本の表紙
小次郎常「日本語の本か。……二十世紀の技術論?」
アイン常「あら、日本人なのにこの本を知らないの?この本は李紅蘭女史も薦める科学の名著なのに」
小次郎常「李紅蘭……?」
小次郎常「(なんでここで帝劇スタアの名前が出てくるんだ?)」
小次郎常「(待てよ、そういえば帝劇通信局で帝大での実験に参加していたような……)」
bgバー
cgアイン
アイン常「秘密にしているのは私たち科学者だけど、日本人はもう少し自国の技術者を知るべきね」
小次郎常「……面目ない」
アイン常「この本、貴方に貸すわ」
小次郎驚「おい、いいのか。よほど大事な本のようだが」
アイン常「ええ、私にとっては、キリスト教徒にとっての聖書みたいなもの」
小次郎常「だったら軽々しく人に貸すな」
アイン常「最初から貸すつもりで持ってきたのよ。貴方が私の話を理解してくれるようならね」
アイン常「何度も通読したけど、日本語を無理して翻訳して読んだから、ちゃんと理解しているか疑わしいの」
小次郎笑「……翻訳を俺にやれというのか。俺は技術用語には明るくないぞ」
アイン常「読み間違いの検証をお願いしたいのよ。日本語の言い回しって難しいから」
小次郎常「なるほど」
アイン常「時間がある限りでざっと目を通してくれる?明日ここでまた色々聞きたいわ」
小次郎常「……これだけ講義を受けては嫌とは言えんな」
アイン笑「ありがとう。とても助かるわ。それじゃあまた明日ね」
小次郎常「ああ。また明日な」
cgクリア
レナード常「あいつがあそこまで饒舌とはな」
小次郎常「珍しいのかい?」
レナード常「そこの二人を見ろ。あっけにとられているだろう」
酔客1「……何を話してんのかさっぱりわかんねえよ」
酔客2「さすがに何にも口を挟めねえ。うまくやったな、日本人」
小次郎常「なるほど。明日も邪魔するぜ」
レナード常「明日は店の隅でやってくれ。ここは大学のカフェじゃない」
小次郎常「心得た。ところでマスターにあんたらも、この人物を知らないか?」
bgシュペングラーの顔写真
酔客1「いや、知らないな……」
酔客2「どこかで見たな。行儀のいいところじゃない……」
レナード常「剣呑な写真を持っているな」
小次郎常「知っているのか?」
レナード常「ハインツ・シュペングラー、だろう。通り名だろうがな」
小次郎常「そうだ。表向きは実業家ということになっている」
レナード常「実際はドイツからの工作員だろうともっぱらの評判だな」
小次郎常「情報料はいいのか」
レナード常「代わりにお前が知っていることを教えろ。フランスにとって要注意人物だ」
小次郎常「フランスにとって?あんたは政府の関係者なのか?」
レナード常「バカを言え。政府は関係ない。だが、一人一人が国を守るのが民主主義を作り上げたフランス人の矜持だ。覚えておけ、日本人」
小次郎常「民主主義か。……覚えておく」
レナード常「さて、まず確かめておこう。そいつ、殺されたな?お前が探す姿の無い暗殺者に」
小次郎常「さすが察しがいい。そうだ。昨日の昼前、ドイツからの列車の中でな」
レナード常「随行者はわかるか」
小次郎常「一人いたが、奴の組織の関係者ではない」
レナード常「……いいだろう。依頼人の秘密なら詮索はすまい。だが、護衛は居なかったのか?」
小次郎常「一人で二等客車まで来たから、連れていなかったはずだ」
レナード常「……」
小次郎常「狙われていたんだろう?確かに妙だが事実だ」
レナード常「奴の単独行動は初めてじゃない」
小次郎常「何?」
レナード常「対立する組織と交渉に赴いて、単身と安心させたあげく、ボスを含めて全員を倒したことがあるそうだ」
小次郎常「あんたが言うなら確かな情報なんだろうが、にわかに信じがたいな」
レナード常「俺も半信半疑だった。だが、どうやら何らかの理由があるようだな」
レナード常「お前、どうやら現場に居合わせたようだが、どうやって殺された」
小次郎常「延髄に背後から薔薇を刺されて、一撃だ。その薔薇の出所が見えなかった」
レナード常「…………」
小次郎常「思い当たるところが、あるか?」
レナード常「情報が不確かなのでな。確証が取れたら説明する。奴のアジトは漁ったか」
小次郎常「一応の会社には行ったが、ほとんど引き払われたあとだった」
レナード常「倉庫は無かったか?」
小次郎常「あったがもぬけの殻だった。ただ、床に妙な粉が落ちていたな」
レナード常「その粉、今あるか?」
小次郎常「いや、警察に解析をまかせてしまった」
レナード常「そうか……。他になにか無かったか?」
小次郎常「ドイツ語の書類は警察が持っていったしな。後は……このブローチか」
レナード常「銀製だな。この蝶の文様、どこかで見た気がするが、思い出せないな」
酔客1「おい、それをちょっと見せてくれ」
小次郎常「ああ、いいが……。見覚えがあるのか」
酔客1「ある。こいつと同じやつを、メイリンって中華娘が身につけていた」
小次郎驚「何!?」
酔客1「通し番号だけが違うがな。見ろ、裏側に番号が書いてあるだろう。」
小次郎常「07……か」
酔客1「俺が見たのは04だった。メイリンは店で働いていてな、左腕の上腕部に同じ番号が焼き付けられていた」
小次郎常「なんらかのグループか」
酔客1「なんでも育った孤児院ではこの番号で呼ばれていたんだそうだ」
小次郎驚「なんだと!」
酔客1「焼き印入れた上で番号で呼ぶとは、ひでえ孤児院もあるもんだぜ。奴隷じゃねえかよ」
小次郎常「まさかその孤児院、パピヨン孤児院と言わなかったか?」
酔客1「そこまでは聞いてねえよ。だが、身分証明書みたいなこのブローチが蝶だから、案外そんな名前じゃねえか」
小次郎悩「……」
小次郎常「そのメイリンって娘、今どこにいるかわかるか?」
酔客1「いや、三ヶ月くらい前に店から消えちまったよ。行方不明になったんだとさ。ところでもう一杯奢れよ」
小次郎常「もう一つ教えてくれ。年はいくつだった?」
酔客1「十六、七、ってところじゃないかな」
小次郎常「……わかった。感謝する」
酔客1「おう、話が分かるな」
小次郎常「(行け不明……?三ヶ月前……。シュペングラーの暗殺と無関係だと決めつけるのは早計だな)」
酔客2「おいおい、俺にも奢れよ」
小次郎常「今日はあんたから何も聞いていないが」
酔客2「いや、これでも言いふらしてやってるんだぜ。日本人の探偵が美学生崩れの日本人を探しているって」
小次郎悩「(それは……、どうしたものか。確かにそれくらいでないと引っかからないか)」
小次郎悩「(情報料の酒代ばかり増えていくな。より子が納得してくれるかどうか)」
小次郎常「わかった。その代わり明日以降も出来るだけ広めてくれ」
酔客2「よしよし、任せておけ。俺はこれでも顔が広いんだ」
小次郎常「本当かよ……」
レナード常「心配するな。それは本当だ」
小次郎常「信頼するぜ。まったく……」
レナード常「高い酒が掃ける分、こちらも上客に応えんとな。明日か明後日には少しは調べが付くだろう」
レナード常「だが、気を付けろ。その暗殺者は、何故か腕に自信があったらしいシュペングラーを、一撃で仕留めた暗殺者だぞ」
小次郎常「わかっている。俺もこんな異郷で死にたくないからな」
レナード常「ならばいい。また明日来い」
bg裏路地
小次郎常「すっかり遅くなってしまったな。今日は帰るか」
小次郎常「……あの物騒な女はいないな。サフィールだと?シャノワールの踊り子とは何の冗談だか」
bg自分のアパート前
小次郎常「今日は新聞屋はいないか……。とはいえ、暗殺者がいたら見てもわからないが……」
bg自室
小次郎常「ふう……。日本の風呂が恋しいが、入れるだけでも有り難いか」
小次郎常「さて、渡されたはいいが、二十世紀の技術論、山崎真之介著、ねえ」
小次郎常「見るからに難解そうだな」
小次郎常「そういえば、今日は詩集も渡されていたんだったな」
小次郎常「フランス語辞書が部屋備え付けなのはさすが日本大使館か」
小次郎常「……二冊読むと睡眠時間が消し飛ぶな。どっちを読むか」
select二十世紀の技術論
小次郎常「ひとまずこちらにするか。わかるとも思えないが日本語の方がましだ」
小次郎常「……」
小次郎悩「第一次産業革命は蒸気機関の発明に始まる。第二次産業革命は、圧縮蒸気の臨界点の発見による……」
小次郎悩「……」
小次郎悩「水と蒸気と生体との親和性……」
小次郎悩「科学論なのに、霊力に言及しているというのはどういうことだ」
小次郎悩「………………」
小次郎悩「難しいが、なんとなく言いたいことはわからないでもない……」
小次郎悩「今の帝都は、少なくともこの本の予言通りに進んでいるな。エネルギー費用は確かに下がった」
小次郎悩「しかし、それはまだ帝都だけだ。日本全体がいきなり変わるわけではない」
小次郎常「エネルギーがあっても、食料問題がすぐ解決するわけじゃないしな……」
小次郎常「植民地だったベトナムはもっとだろう。アインのやつ、何を考えている?」
小次郎常「まあいい、明日聞くか。今日はもう寝よう」
selectout
select詩集
小次郎常「科学で頭が溶けそうだからな。フランス語でも文学の方がましか」
小次郎常「辞書を手に詩集を読むというのは無粋だが、許せ」
小次郎常「…………」
小次郎常「あまり技巧的じゃないな。古今集より万葉集といいったところか」
小次郎常「やれやれ、懐かしいものを思い出したな」
小次郎常「そのつもりで読めばいいか」
小次郎常「…………」
小次郎常「どことなく、叫んでいるような気がするな。あの冷徹そうな少女の言葉にしては妙だが」
小次郎常「しかし、感性だけで書ける詩じゃないな。あの年で、どれだけのものを見てきたものやら」
小次郎常「…………。結構精神に来るな。外国人にこれじゃ、フランス人ならもっとだろう」
小次郎常「寝るか。さすがに全部を読めとは言わんだろう」
selectout
bg暗転

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