[サクラ大戦BBS]

MAKING APPEND NOTE
Rudolf@お付き合い下さりありがとうございます への返事
その8.(最終章)

「あっ。」
 勝利のポーズ直後にラチェットが膝を折った。表情にも疲労感が濃く映し出されている、それを見かねた大神が声を大きくした。
「どうした、ラチェット!?」
「ふふっ、ちょっと無茶をしたかしら。」
「無茶だなんて、ラチェットさんやっぱり無理してスターを。」
 新次郎は涙を落としていた。彼の初陣でもラチェットはやはりスターを動かすことにさえ不可能ならしめていた、それを経験してるのに自らの危機をスターに乗って救ってくれたラチェットへの謝罪と悔恨の表れである。
「こら、そんな泣きベソかかないの、貴方は紐育華撃団の隊長でしょ。」
「は、はいっ。グスッ、もうな、泣きませんから。」
「おいおい、もうグズグズじゃねえか。ハッ、でっかい男が聞いてあきれるぜ。なあ、隊長。」
「いやロベリア、新次郎はこれでいい、これで十分でっかい男さ。」
「はあ?叔父バカってやつかよ。まったくバカばっかりだぜ。」
 ロベリアは両手を降参のように広げ、天を仰いで呆れ返った。大神の甘さには時折ついて行けないが、またその甘さが彼の魅力と感じている自身もあり、両者の間の妥協点を見いだせなかった。
「ははっ、まあいいじゃないか。それはそうと、ラチェットをこのままにはできないな。」
「ちょ、ちょっと。何をするの!」
 すっとラチェットを抱き抱える大神の様を見た新次郎が複雑な表情を浮かべる。
「ああっ、一郎叔父。ラチェットさんはボクが抱えるんですよ。」
「いいっ、そ、そうなのか?」
 この時点で大神は少し早合点をした、いや早合点ではなかったのかもしれない。新次郎はただ初出撃の時にラチェットを救い出したことで彼女を抱えるのは己の役目であると思いこんでいただけなのかもしれない。しかし周囲の18対の目の色が変わるにはこれだけのシチュエーションで十分であった。特にこういう時に先陣を切るさくらの視線の鋭さと発生の冷淡さは大神をいつも当惑させる。
「へえ〜、大神さん。やっぱりラチェットさんとはやたら仲がいいんですね。」
「い、いや、さくらくん。これは別に、そういう事では。」
「しかも甥の想い人を横取りとは、なんと人の道に外れた所行。今日という今日は許せん。成敗してくれる!」
「ちょ、ちょっと待つんだ、グリシーヌ。」
「大河さん、ちょっとお話が。」
「ダ、ダイアナさん。その手のメスと注射器はなんなんですか。」
 多勢に無勢、その上相手側の気力の漲りようが尋常ではないのが二人には肌で分かった。こうなれば彼らに残された手はあまりに限られている。
「い、一郎叔父。こういうときは三十六計。」
「ああ、とにかく…逃げろおっ!」
 男達は一目散に逃げ出した。総司令に昇進しようとも、でっかい男と認められようとも、二人しての血筋なのかやはり彼女達には太刀打ちできなかったのである。
「逃がしませんよ、みなさん大神さん達を追いかけましょう。」
 エリカの意見に一同が賛成した。彼らは先刻の死闘の勢い何処へやら、すっかり敗残の一兵と化しまるで勝ち目のない戦いの最中に落ち込んでしまった。もはやとにかく逃げる、当てなどなくとも逃げるだけだった。
「ちょ、ちょっと大神司令。」
 大神の腕の中でラチェットが声を出す。隊員達の気迫に押されて一瞬忘却していたが、大神は彼女を抱き抱えたまま駆けていたのである。
「一郎叔父まだラチェットさんを抱いてたんですか、ボクがって言ってるじゃないですか。」
「あ、ああ、すまない。だけどこの状況では。」
「ずるいですよ、あ、もしかしてボクが配属されるまでにラチェットさんと何かあったんですか?」
「いいっ!?」
「ええっ?!」
 新次郎は妄想により真実を突いた。大神に回答を求めた新次郎であったが、正解は思わぬ方向からもたらされた。
「ラ、ラチェットさん?耳まで真っ赤になってどうして、ああ!やっぱりなんですか。」
「そ、そうじゃないわよ。」
 人前で、しかも異性の胸の中で嗚咽したなどという事実を新次郎や、ましてやサニーサイドになど知られる訳にはいかない思いも手伝い、ラチェットの顔は紅潮の極みにあった。
「じゃあ、どうだって言うんです。」
「そこはボクも聞きたいね、大神司令。ボクのラチェットにいったい何をしてくれたんだい?」
 遙か上空のエイハブから茶々を入れてくるサニーサイドには、このような状況でもラチェットは強気だった、むしろ強気。
「サニー、話がややこしくなるからあなたまで出てこないで。」
「えええっ、心配してるのにそりゃあないよ、ラチェットぉ〜。」
 サニーサイドはすぐに折れたが、女性陣はそうはいかない。しっかりと全員が彼らを追いかけてきている。
「い、急ぐんだ新次郎。」
「は、はい、一郎叔父。」
「だから下ろしてってば!」
 恥ずかしさの余り大神の頭を両手でぽかぽかと叩き散らすラチェット。彼女を抱えた彼らが逃げ仰せたのか、それを記す記録は何も残ってはいない。
「なんでこうなるんだぁー!?」
 大神の本日最大の叫びが大和に木霊する。だが今度ばかりはいかなる助けも現れてはくれなかった。そして彼らのその後の運命は、何処にも記録されることはなかった。

 戦いが終わり、そして時は流れる。一度は帝都を逃げ出した人々も平和が戻ったことを知り次々と元の生活に戻り、街は再び元の活況に満ちた世界へと蘇った。巨大降魔に荒らされた大帝都スタヂアムも復旧なり、今ここでは帝国歌劇団、更に客演に巴里歌劇団、紐育歌劇団を加えた面々によるこけら落とし大レビュウが行われていた。
「みなさーん、今日はわたしのために集まってくれてありがとうございまーす。いいですか、幸せだコール行きますよー!」
「幸せだ、幸せだ、幸せだー。はい!」
「幸せだ、幸せだ、幸せだー!」
 エリカのとぼけた掛け声にも乗ってくる理解のある数万の観客、その大多数が舞台との共犯関係を進んで楽しんでいるようである。
「おっほほほほほ、エリカさん。少しだけ違いますわ。この皆々様はわたくしを、わたくしだけをご覧になりに来られたのですわ。そこだけはお間違えなきよう。」
「あーそうだったんですね。エリカ間違えちゃいました、エヘッ。」
 客席からすみれの意見に対する賛意の声と、エリカの返答に向かう訂正の声が同じような声量で巻き起こる。
「エリカサーン、そんな訳ないデース。お客様は舞台全体を見に来てるのデース。」
「えっそうなんですか。すみれさんはわたしを騙したんですか。」
 瞳いっぱいをうるうるとさせて追求してくるエリカに、すみれはいつものパターンとは違う状況に困惑した。普段真っ先に突っかかってくる彼女はといえば、すみれの困惑ぶりが非常に興味深いらしく、二人の成り行きを興味本位の一点で満たされた眼で見つめていた。
「おもしろくなってきたぞー、ウソつきはドロボウの始まりだ。金の銃と銀の銃、どっちで撃たれたい?」
「リ、リカさん。貴女舞台の上にまで武器を持ち込むなんてシャレになってませんわよ。」
「まあまあ、すみれさんもリカさんもエリカさんも、ここは舞台の上。お手打ちと言うことで。」
「そうだよ、みんあんで手を繋いで一緒に歩こう。」
 袖のラチェットが機転を利かせてコクリコの曲を流し始めて騒動は収まった、当然のように台本にはないし、アドリブとは称しがたい一幕である。
「ふう、助かったよラチェット。」
「どういたしまして、危機管理能力はまだまだのようね。」
 この一癖も二癖もある乙女達を任されてから幾年経っただろう。海軍出の実直男は柔軟性でブロードウェイのトップスターの感性の後塵を拝している。
「いいですね、なんだか恋人同士みたいで。」
「いいっ!?し、新次郎脅かすなよ。」
 目の前でレビュウの舞台に立つさくらの意識が乗り移ったかのような新次郎の言葉に肝を抜かれた大神、そして口走った当人は氏綱との戦闘後より叔父に対して何らかの壁を作っていた。言ってみれば、お気に入りの玩具を取られて拗ねる幼児のそれと酷似している、そのようなものだった。この発言もそのような叔父への卑屈な気持ちから発せられたのだが、さくらの口調と類似していた点はただの偶然か新次郎にそのような意識はなかった。
 が、次の瞬間袖を振り返ったさくらの突き刺すような視線は大神に科学だけでは解き明かせない存在の証明を予感させた。
「はいはい大河君、いつまでも拗ねてないの。」
「もうっ、子供扱いは止めてくださいよ。」
「あら、ごめんなさい。そういうつもりじゃなかったんだけど。」
 新次郎の頭を撫でている様は主観的にはどうあれ、客観的には贔屓目に見ても彼を子供扱いにしていた。
「これでもけ、けっこうショックなんですからね。」
 立派に隊長職を務め、目を見張る成長ぶりを示したにも拘らず、ラチェットはじめ隊員達からも子供扱いされるのが抜けきらないのは新次郎にとって日々の不満の上位にあった。帝都に来てからは、大人びている叔父との比較で頓にそのような機会が増えたと感じていた。
「ふふっ、そういう所は子供なのよ。」
「ああ、まったくだ。ははっ。」
「も、もういいですよ。」
 今日、耳まで紅潮させたのは新次郎の方だった、おまけに頬まで膨らませているなどやはり子供っぽさがあるのは本人の自覚外である。
 歓声が一段と大きくなる。帝都花組が下手に消えたかと思うと、中央から巴里花組が現れ、彼女たちが上手に消えた次は紐育星組が下手から登場する、優雅な大河の流れにも似た様子が観客の心を打っているのだ。今日この舞台は訪れた四万の人々の心一つ一つに色濃く残ることであろう、大神は袖から眺める彼女達の姿にそれを確信していた。
 些細な事から拗ねていた新次郎も、舞台の素晴らしさに心を打たれる一方である。そこでふと彼は些細な事を気にしている自分とでっかい男という己の理想像との間の乖離に気付かされていた。
「そうだった、ボクはでっかい男になるんだ。」
 気付いた時の新次郎の顔つきからは子供っぽさは抜けていた。敬愛する叔父と前隊長に向いて凛々しく微笑んだ彼を、また二人もにこやかに返していた。
 三都華撃団が氏綱を討ったことで何かが変わったわけでもなかった。各地脈の設備は今までと変わらず帝都市民の豊かな生活のために動き続け、帝国華撃団もこれまでと同様、歌劇団としてまた華撃団として帝都の防衛を担う事となる。
 そして帝都はまだ進化を遂げる、その一端がこのスタヂアムでありそれと共に歌劇団も更なる進化を遂げる、遂げられるように彼女達の一層の弛まぬ努力が積み重ねられよう。今日の日の舞台もきっとその糧となるに違いなかった。今を生きる命、その尊さ、素晴らしさを教えてくれる花々の想いよ、永久に咲き誇らん。

−我が命の花よ、君よ花よ。

Ende.

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