[サクラ大戦BBS]

MAKING APPEND NOTE
Rudolf への返事
その7.

 降魔との戦闘を潜り抜けた隊が、続々と聖魔城前に集結しつつあった。そして大神とさくらの隊がようやく到着した頃には、他の隊が全て集結している状態だった。
「よぉ、遅かったな隊長。途中で道でも間違えたのかと思ったぜ。」
「ははは、カンナほど野生の勘も無いんで北と南も分からなかったみたいだよ。」
「ははは、イチローカッコ悪いね。」
 勿論ジョーク、しかも大して笑えたものでもない類の方である。
「それよりも、みんな無事でよかった。怪我もないか?」
「ああ、全員かすり傷一つない。いつでも出発できるぞ。」
 先達していた内から全員の状態を把握していたグリシーヌより声が上がった。周囲を一目見渡し、彼女の言を正確と認知した大神は前進命令を下す。
「分かった。ここがいよいよ敵の本丸だ、行くぞ。」
「了解!」
 気合の充実した答えが大神の耳に届く。花組は大神機を先頭についに聖魔城の敷地に進入を果たした、とはいえ聖魔城自体は太正十三年の騒乱時と変化はないようで、当時は固く閉ざされていたがミカサの主砲で破壊された正門も残骸の形で残っていた。現在の光武もまた、ミカサがかつてこじ開けたそれを通過した。
 散発的、統制の取れていないように思える数匹単位での降魔の襲来を打ちのめして花組は前進の足を緩めない。
「本当に降魔の抵抗が弱いな、マリアの読みが当たったわけだ。さすがだよマリア、君の意見を聞いて正解だった。」
「そんな、た、ただのまぐれです。」
 マリアは謙遜した。自らの具申に自信はあったつもりだが他の隊員の手前で面と向かって賛辞を贈られるのには気恥ずかしさの増す部分が大きかった。彼にしてみれば思ったことを口にしただけなのはマリアにも理解できるが、そろそろデリカシーや甲斐性の面でも成長を見せてほしいと、上官に願う彼女であった。
 そして実際に組織立った抵抗もなく花組は、かつては霊子砲と呼ばれた兵器の躯が座す櫓まで到達した。霊子砲、かつては帝都、帝国華撃団を恐れさせた恐怖の兵器であったが今や砲身も二つに折れ、海藻も茂り到底兵器としての機能は果たせないことは明白であった。そしてここは大神にとって他の思いが強まる場所でもある。
「ここであやめさんが…俺を庇って…」
 葵叉丹の一撃を、まともに食らいそうになった大神を、身を挺して庇った降魔殺女、いやさ藤枝あやめの姿は大神の心中に永遠に記憶されている。今彼の心が何処を向いているのかが分かるのは、あの時此処に共にいた隊員一人のみである。
「あ、大神さん見てください。あんな所に蝶さんがいますよ。」
 エリカが霊子砲の上の方に、砲身にべたりと貼り付いている繭の様な物体を指し示して蝶と呼んでいた。
「エリカさん…あれは蛹ですわ。」
 花火がすかさず訂正する。確かに蛹のような物が霊子砲にしっかりと引っ付いているようだ。しかしそのサイズは巨大で光武何体分にも匹敵する大きさが見てとれた。蛹であったとしても、蝶などという生易しいものが生まれるとはまず思えなかった。
「あーそっかぁ、ちょうちょさんになる前のサナギさんですね。」
 敵本拠の只中にありながら未だに能天気との友情を忘れていないエリカに愛想をつかしグリシーヌが話を進める。
「隊長、余りにも怪しいと思わんか?」
「うん、さっきまで海の底にあったここに蛹とは不自然だな。全機、一旦進撃を停止せよ。」
 光武が歩行を止めてから間を置かずに櫓へ陽光が差し込んできた、夜が明けたようである。ふと、櫓へと差し込む一筋の輝きが霊子砲を照らし出した。そこが微妙に揺らめいたのをマリアは見逃していなかった。
「隊長、これは!」
「みんな、霊子砲から離れるんだ。」
 霊子砲から距離を置く光武、だんだんと光量が増えていく櫓の中で映し出されたのは、霊子砲の隅々から床にまでも伸びきった蛹の糸だった。糸といえど大木の根のように太く肥えている。
「これは…まさか、やないやろな。」
「何かわかるの、紅蘭。」
「ああ、霊子砲ちゅうのは人々の恐れやらを集積して撃つ大砲やっちゅうのはみんなご承知やろ。この糸がそのエネルギー伝導システムと繋ごうとったら、妖力があの蛹にごっつぅ流れ込んでるっちゅうわけや。」
「もしそうなら、大変じゃねえのか。今のうちに燃やしてやるさ。」
 ロベリアが炎を纏いながら糸に攻撃を掛ける、しかし糸はロベリアを嘲笑うかのように炎の蹂躙にまるでダメージを受けていなかった。
「ちっ、なんて糸だよまったく。」
「ふふふ、ふわはははははははははっ。時は満ちた。」
 櫓中に花組の誰のものでもない重い声が響き渡った。声は繭の方向から聞こえてきている、大神達は嫌な予感をここにきて強めざるを得なかった。
「誰だ!」
 大神は精一杯の声量を吐いた。それすらも嘲笑するかのように笑い声は鳴り止まない。
「ああーっ、気色悪いんデース!」
 溜まりかねた織姫機が繭に向かってビームを吐いたが、やはりそれも相手に対しての有効打とはならなかった。
「我…復活の時なり。この力を用いて天下を、天下を我が手にぃっ!」
 重い声がより一層の声量を持った時、全てが無効であった繭に罅が入った。一片、また一片と繭の破片が落ち行く狭間より巨大な、巨大すぎる腕が繭より伸び出した。
「いやぁぁぁ、アイリス怖いよぉ。」
「駄目だアイリス、怖がればそれが敵のエネルギーになる。」
 冷静さを失っていないレニがアイリスをフォローする。
「大丈夫、アイリスはボクが守るから。」
 この科白が、子供らしさを全快にして恐怖におののこうとしていたアイリスの心を救った、ベソの奥から歓喜の表情が舞い起こる。
「う、うん。アイリス負けないよ。だから、レニ、ずっとそばにいてね。」
「もちろん。」
 レニの強い決意を表した言葉にアイリスはすっかり勇気付けられた、もう涙も出ては来ない。
「ほな、行きまっせ!」
 腕めがけて紅蘭のミサイルが乱舞する。全弾命中したにも関わらず、やはり大したダメージが無いようで腕の次はついに上半身が現れ出た。その姿は、あまりにも巨大である点だけを除けば戦国の武者そのものの姿をしていた。
「これが、北条氏綱なんですの?」
「いかにも…我こそ北条氏綱なり。この大和を以て天下を頂く者なり。」
「やれやれ、ですわ。300年以上も昔のお山の大将ごっこなどをこの太正の御代に持ち込まないでくださる?後に生きるわたくし達に大迷惑ですわ。」
 戦国乱世の大絵巻をお山の大将と言ってのける辺りがすみれらしい。だが氏綱にとっては侮辱の他なかった。
「黙れ、女!見よこの姿、この偉容を。これぞ天下にふさわしい力よ、それっ。」
 とうとう全身を繭より出した氏綱は、花組の眼前に飛び降りてきた。体に見合った大音量を放って床に降り立った氏綱は、巨大降魔にも引けを取らない丈を示していた。
「さあ、我が眷族共よ、我の前に平伏し我の手足となって天下取りに尽力せよ!」
 氏綱の号令と共に櫓の天井、壁が崩落し視界が全体に開けた。
「中尉サン、見てくだサーイ。」
「どうした、織姫くん。な、なんだあれは。」
 織姫の示した方向にはミカサがあった。その内部から黒い物体が無数に飛び出てきては自分達の方に向かってきていたのである、物体が降魔であることを確認するのにさして時間は要さなかった。
「降魔や。そうか、氏綱復活のエネルギーをミカサから取っとったんやな。ほんで氏綱が蘇ったからもうミカサに用はないちゅうこっちゃ。」
 紅蘭の洞察は当たっていた。だがこの場合洞察の正誤を問うよりももっと大きな問題に花組は直面したのだ、即ち前門の氏綱、後門の降魔の大群。氏綱の呼びかけに呼応した降魔共は空中を飛翔することで真っ直ぐに櫓へ向かってくる、もはや一刻の猶予もない。
 地に足を着けた氏綱が得物の大刀を一閃した。横真一文字に光った軌跡は花組の隊列を捉え、大言のすみれ機が狙われた。
「すみれ、危ねえ!」
 すかさずカンナが庇いに入り、大刀の切っ先を両腕でしかと受け止める技を見せる。しかしここは氏綱の方が役者が一枚上手であった、押さえつけられた刀を力任せに軌跡の続きを描き直し、カンナ機を数十メートル、壁まで吹っ飛ばした。
「カンナさん!」
 すみれの悲鳴じみた呼びかけが飛ぶ。崩れた壁の破片と煙の中からカンナ機が姿を見せる。
「へへっ、なんとか大丈夫みてえだ。頑丈なのはアタイの取り柄だからさ。だけど光武が…」
 カンナの方は無事らしいのを通信で確認できたが、光武の方は操縦者を守ってダメージを負っていた。駆動系に障害を発生したらしく、カンナの操縦にも無言をもって応えていた。
「俺が注意を引きつける、カンナの救援を頼む。」
 言うが早いか、大神機は全力加速でカンナの飛ばされたのとは逆方向から氏綱に接近し、自分を誇示させる。彼を追ってレニ機とグリシーヌ機が足を速める。
「一機だけでは危険だ、ボクが援護する。」
「隊長、猪突はならんぞ。わたくしも力を貸そう。」
「すまない、レニ、グリシーヌ。」
 三機が足元をちょこまかと互いの位置を入れ代わり立ち代わりに動き回り、氏綱はそれらの動きに見事に翻弄された。その隙にすみれ機と織姫機がカンナ機に接した。
「しっかりなさってくださいまし、カンナさん。」
「まったくあんなの食らってこの程度なんて、頑丈にも程がありマスネー。」
 すみれの回復機能でどうにか立つことができたカンナ機をすみれ機と織姫機が両側から支えて急ぎその場を離れた。彼女達の成功を見やった大神はレニとグリシーヌを伴い即座に氏綱の攪乱から離れた。
「このままでは不味い、一旦櫓の外に出るぞ。」
 大神の命令に隊員達は整然と踵を返す、筈だったがエリカ機がまたも躓き、先導して退いていたすみれ機共々、一目散に櫓から外に転げ出てしまった。降魔も目ざとく、その様を確認するや否や、二人に照準を絞って上空から襲い掛かってきた。
「すみれくん!エリカくん!」
「きゃああああああっ!」
 大神が届かせられるものは刃にあらず声のみである。縺れ合った二機は互いに相手を振りほどくことで精一杯で降魔への対処にまで対応しきれなかった。皆がもう駄目かと思ったその時、天より新たな炎が巻き起こった。
「ミフネ流剣法、極意!ターニング・スワロー!」
 突如現れたジェミニのスターが二機に向かった降魔を焼き尽くす。大神達は櫓からその様子をあっけにとられて眺めていた。
「あ、あれはスター?」
 続いて氏綱の頭部で3度の爆発が起こった。氏綱自身も何が起こったのか分かっておらず、周囲を見渡したが何も見つけられなかった。それもそのはず、回答は櫓よりも更に更に高い空にあったのだから。
「隊長、あれは紐育華撃団の。」
「ああ、間違いない。エイハブだ。」
 上空にはいつしか、紐育華撃団が誇る武装飛行船エイハブが悠然と全長450mにもならんとす巨体を浮かべていた。船体の砲身が、氏綱の頭部目指して明確に向っていた。先ほどの爆発は、ここから放たれた弾が着弾したものに他ならない。

 エイハブ艦橋にはサニーサイド、ラチェット、それにプラムと杏理のいわゆるワンペアの姿があった。
「やあやあやあ、遅くなって申し訳ない大神司令。でも昔から言うじゃない、真打ちはオイシイ所で登場するって。」
「サニーサイド司令。紐育から来てくれたんですか。」
「ええ、紐育にも魔物が現れてその退治に追われていたけれど、間に合ったみたいでよかった…久しぶりね、大神司令。」
「ラチェット…久しぶりだね。」
「なんだか、いい間柄ですね、お二人さん。」
 二人の思わせぶりな会話の間に、こういう機微に過敏過ぎるさくらがやはり反応した。彼女が日本を発つ直前に大神に真相を吐露した時の事をさくらは知らないままでいた。それはある意味では全員にとって幸せなことなのかもしれない。
「敵巨大武者、砲撃によるダメージ軽微。」
「降魔の群れ、なおも帝国、巴里両華撃団に向かっています。あ、一部が本艦にも向かいだしました。」
 ワンペアの状況分析が入り、ラチェットが状況を分析する。
「分かったわ。大河君、本艦に向かう降魔を迎撃しつつ大神司令達の援護を。」
「はい、ラチェットさん。紐育華撃団、レディー、ゴー!」
「イエッサー!」
 ジェミニ以外の5機のスターもエイハブを発進する。めいめいに大空に弧を描く様は、降魔に対して速度や空中機動性の優位さを無言に語り示す。
「サジータさん、リカ、昴さんはエイハブに向かう降魔を迎撃してください。ダイアナさんは僕と、ジェミニに合流。帝国、巴里華撃団の援護に向かいます。」
「よし、じゃあここはアタシ達に任せてもらって、新次郎は早く叔父さんの胸に抱かれてきな。」
「そうだそうだー、こんなのリカの銃だけで十分だぞー。」
「昴は言った。新次郎は叔父離れしていないな、と。」
「そ、そんなんじゃないですよ昴さん。」
 昴の言い分も全否定されるものではなかった、戦場に向かう新次郎の表情には真剣さの裏にどことなく笑みも含まれるのをスターファイブは全員が確認していたのだから。
「い、行きますよダイアナさん。」
「はいはい。耳まで真っ赤にして、大河さんは大神司令の事が本当に好きなんですね。」
「もう、いいですからぁ!」
 新次郎機が加速を強めて現空域を後にした。しかし進行方向にはジェミニもいたことは新次郎にとって誤算を招いた。
「えー、新次郎は大神司令とあーんなこととかこーんなことを…ふふふ。なんちてなんちてー!」
「もぉ、ジェミニまで。そんなことより行くよ…ジェミニ!」
「オッケー。」
 二人の連携攻撃が周囲の降魔を蹴散らす。櫓から脱出し、すみれとエリカに追いついた花組の隊列まで切り開いた道をダイアナ機が急降下する。
「お待たせしました。さぁ始めます、メジャー・オペレーション。」
 花組各機の幾度にも渡る小競り合いによる蓄積や、氏綱の一撃によるカンナ機の疲弊が一気に回復した。
「助かったぜ、ダイアナ。」
「どういたしまして、カンナさん。」
 回復と同時に新次郎機とジェミニ機が変形して着陸してきた。ダイアナ機は回復の後再上昇してサジータ達の増援に向かった。やがて花組の周囲に地上からも降魔の大群が押し寄せてきた、だが誰一人不安の色も見せず、各機が戦闘態勢に入る。
「お待たせしました、一郎叔父。」
「新次郎、よく来てくれた。お前がいればもう百人力だ。」
「は、はい!ありがとうございます。」
 花組の心も掴む大神の口は、自分を慕う甥の心も掴む力があった。憧れの叔父に、自らが必要とされている旨を語られた新次郎の気力が一気に充実する。
「行きましょう、一郎叔父。氏綱を討って帝都に平和を取り戻すために。」
「頼もしくなったな、その意気だ。」
 新次郎の成長ぶりに喜びを禁じ得ない大神は、父親の心境のそれに等しかった。彼もまた新次郎と同様に気力が充実していく。
「我に、また抗う者か…よかろう。まとめて相手いたそう。さあ、来るがいい。」
 氏綱は悠然と地上の光武を見下ろす位置にあるため、物言いも相対位置も遥かな高みからのものとなった。
「ぬぅ…」
「どうした、新次郎。」
 新次郎のらしからぬどもりが大神の気を引いた。
「い、いえ、なんでもありません。行きましょう、一郎叔父。」
「ま、まあ待て焦るな新次郎。今氏綱のいる櫓に上ってもこれだけの霊子甲冑が自由には動き回れない。ここは氏綱を広いこの辺りに誘き出すんだ。」
「なるほど、でもどうやって誘き出します?」
「うん、それは…」
「ジャストモーメント!そういう事ならボクに任せてもらおう。」
 二人の会話に上空からサニーサイドが割り込んできた。
「サニーサイドさん、でもいったいどうやって。」
「要は簡単さ、あのデカブツをお山から引きずりおろせばいいんだろ。」
 さらっと語ったサニーは、陽気にステップを踏みつつエイハブの操作盤までたどり着き、軽快な手さばきでその表面をなぞった。するとエイハブの全砲門が火を噴き氏綱の立ちはだかる櫓に対して鉄の塊を浴びせ倒した。聖魔城などと大層なネーミングでも実際は400年ほど前の歴史の遺構に過ぎない。最新兵器たるエイハブの集中砲火に見回れては成す術無く瓦解の一途を歩んだ。
「や、やっぱり無茶する人だな。」
「ああいう人なんですよ、ボクもまだあの人のやり方は読めません。」
 二人の隊長が呆然とする目の前で、崩れ行く足場に見切りを付けた氏綱が巨体に似つかわしくない俊敏さで跳んだ。櫓の崩落に巻き込まれることなく、大神と新次郎の真正面に降り立つ。
「おのれ、小癪な者共め。」
 氏綱の視線がエイハブに向かい、足下が疎かになった瞬間を大神も新次郎も見逃さなかった。氏綱の両脇を通り過ぎ、過ぎざまに大きな左右の臑にそれぞれ一撃を加えた。
「ぐわあっ!」
 巨大でも人の形である以上、人としての弱点も持ち合わせていたようである。弁慶の泣き所を一度に両方やられた氏綱はたまらず両膝を地に着けた。
「やった、今だ!」
 ここぞと思い新次郎が反転して再攻撃の態勢に入る、その反転の隙を突いて氏綱は足を伸ばして新次郎機に蹴りを食らわせた。スターとの体躯差も10倍にならんとする巨体の蹴りをまともに食らった新次郎機はどてっ腹を凹まされ仰向けに天を眺めた。
「新次郎!」
「おのれ、下郎…天下も取れなかった分際で余に・・歯向かうとは。」
「し…新次郎、どうした?」
 大神は、新次郎から新次郎らしからぬ発言を聞いた。あるいは、彼の中に宿った信長が近い世代、同じ乱世を生きながら天下人たりえた己を、どこぞの田舎侍が侮辱したと捉え新次郎を揺り動かしたのかも知れない。
 氏綱は大刀を上段に構え、止めを刺すつもりで新次郎機に狙いを定めて刀を振り下ろした。
「くうっ。」
 だが、結果は氏綱の思い通りとはいかなかった。新次郎機を捉えていた筈の大刀はそこに達するまでに外力により刀身の先から半分を粉々に粉砕されたのだ。
「あ、新しいスター?」
 新次郎の危機を救ったのはスターであった、しかし救出元を視認した時に新次郎から出た台詞は謝辞ではなかった。そしてその機体は新次郎はおろか、サニーサイドにしても全くの初見となるスターなのだから。
「あのカラーリング…まさか。」
「あなただけにそっとお教えしましょう。」
「うわぁあっ!」
 いきなり真横に現れた王行智に驚き、サニーサイドは慌てふためいて指揮シートからこけ落ちた。見事すぎる無様っぷりに杏理は隠れて、プラムは指を指しながらサニーの様子に笑い転げた。
「お、王先生。エイハブに乗ってらしたんですか、酷いですねえ、一言くらい仰っていただければ。」
「それは失礼しました。で、あのスターですが…実は私が、ある方より頼まれてこっそり開発しておいた物でして。」
「ある方…じゃあやっぱり。」
「察しがいいわね、サニー。」
 エイハブやスターに通信が入る、それは紐育華撃団の誰もがよく聞き馴染みのある声だった。
「ええっ、ラチェットさん!?」
「やっぱり君か、ラチェット…だから君の体は、」
 サニーサイドの喚起を遮ってラチェットの明るい声が入る。
「お気遣いなく。今、私も霊力がすごく充実しているの。ほらっ。」
 そう答えると、ラチェットは機首を目一杯上に向け急上昇を始めた。ぐんぐんと上り行くスターが突如停止したかと思えば、全速降下しつつ降魔の群れに攻撃を浴びせ掛ける。そのままスターは群れを突っ切り地上にまで達した。直後地上形態に変形して降魔数体に向けてナイフを放った。
「どうかしら、これで心配無用なのが分かってもらえたかしら。」
「分かった、分かったから無茶はしないでくれよ。」
「どういたしまして、サニー。」
 一筋縄ではいかないサニーサイドを、自らの力で以て説き伏せるのはさすがに千両役者のラチェットである。
「さあみんな、行くわよ。」
 呆気にとられていた三都の隊員達を鼓舞してラチェットが舞う、その周囲では魅了された観客さながらに降魔が次々と倒れていく。最新鋭機を優雅に乗りこなしている様はそれだけでも隊員達の士気を上げた。無骨な大神や柔和に過ぎる新次郎ではこうはいかないタイプである。
 空中の降魔はそのままスターファイブが担当しながら、花組達は自ずと適材適所に分かれ、近接戦闘を得意とする面々がラチェットを援護しつつ地上降魔の奔流を押し返す、そしてロングレンジ攻撃が可能な花組が氏綱の顔や腹に向けて攻撃を放つ。
「ぐっ、ぐおおっ、我が、天下に相応しい力を得た我が押されているだとぉ。」
 俄然気合の高まった相手の攻撃に、圧倒的な力の差があった氏綱の身体が揺らぐ。
「力だけで天下が取れると思ったか。本当に必要なのは、力を正しく使う事のできる心だ、氏綱!」
 新次郎、むしろ信長が威勢のいい啖呵を切る。
「そうだ。そして俺達はこの力を守るべき人たちのために使うんだ、だから俺達は勝つ、必ず勝つんだ。これで終わりだ、氏綱。」
 大神機が加速を上げた、脇を飛行形態に変形した新次郎機が並走する。
「捕まってください、一郎叔父。」
「新次郎、大丈夫なのか?」
 氏綱に蹴られた際の機体、搭乗者の心配をする大神に新次郎は言い放った。
「この位なんでもありません。ボクはでっかい男ですから。」
「よく言った、遠慮しないぞ新次郎。」
 大神機は新次郎機の上方の突起物、窪みに手を掛ける。新次郎機が上昇して氏綱の眼前まで来たところで再度変形し、地上形態となる。
「行くぞ、新次郎。」
「はい、一郎叔父。」
「狼虎滅却…」
「狼虎滅却…」
 二人の霊力の高まりを感じた隊員達が、彼らに呼応する。
「大神さん。」 「中尉。」 「隊長。」 「隊長。」 「お兄ちゃん。」 「大神はん。」 「中尉サン。」 「隊長。」
 帝都の可憐な花々の声が通り、
「大神さん。」 「隊長。」 「イチロー。」 「隊長。」 「大神さん。」
 巴里の美麗な花々の声が舞い、
「オッケーイ。」 「やっちゃえー。」 「お願いします。」 「任せる。」 「新次郎、決めて。」
 紐育の煌めく星々の声が踊る。
「行くぞ!」
「俺が正義だ!」
 二人の究極技の霊力がみるみる一体化して、巨大且つ強力な霊力の球が形成された。そこから放たれる煌めきが氏綱にプレッシャーを与える。
「狼虎滅却・ビッグバーン!!」
「うぐ、うがっ、うがああああああて、我の、我の野望をよくもぉぉぉぉっ。」
 震天動地と超新星の合体攻撃、狼虎滅却・原始大爆発(ビッグバン)が氏綱に炸裂した。この技の前に氏綱は断末魔の叫びと共に光の中に消え去った。氏綱が消え去ると同時に、主を失った降魔は朝日の中で全て溶け失せていき、ここに三都華撃団の大勝利が訪れた。
「やった、やったぞ新次郎。」
「や、やりましたね、一郎叔父。」
 二人は霊子甲冑を飛び出すと、互いに右腕を交差し勝利を確かめ合った。
「…いい顔になったな、新次郎。それでこそ紐育華撃団の隊長だ。」
「いいえ、ボクがここまで来られたのも一郎叔父が紐育へ送り出してくれたから、そして紐育でみんなに会えたからですよ。」
「そうか、お前もいい仲間に巡り会ったんだな。」
 大神は自分が帝劇に、シャノワールに初めて入った頃を思い出しつつ、新次郎にも訪れた良き巡り合わせを祝った。
「はい。みんないい人達ばかりでボクは成長できました、一郎叔父には感謝しています。」
「おやおや、初めて来た頃は半ベソかいてたボクチャンが威勢よくなっちゃって。」
「サ、サジータさん、いつの間に。」
 今しがたまで大空で戦っていた隊員からの突然の指摘に狼狽を見せる新次郎。サジータの後ろにはスターファイブが既に全員降りてきていた。
「昴は言った、全員から不要扱いされて落ち込んでいた子供がすっかり見違えたものだ、と。」
「昴さんまで、む、昔の事はもういいじゃないですか。」
「そーだぞー、しんじろーは立派なタイチョーだぞ。いつもリカにゴハンくれるんだからな。」
「リカ、ボクが隊長らしいのってそこだけなのかい?」
「ははっ、これは確かにいい仲間達だな。よかったじゃないか新次郎。」
「からかわないでくださーい!」
 新次郎の必死の懇願も周囲の笑い声にかき消されてしまった。
「では、新次郎が成長したという事で、アレ、しようか。」
「そうだねジェミニ。やろう。」
「おー、アレだな。リカも大賛成だー。」
「じゃ、ここは大神司令と大河君に音頭を取ってもらうのが筋ね。」
「あ、ラチェットさん…さっきは危ない所をありがとうございます。」
 新次郎は丁寧に頭を垂れた。敬礼でない付近が軍人色に染まっていない新次郎らしい。
「ふふっ、いいのよ。それよりも、ねっ。」
「はい、一郎叔父。」
「ああ、花組のみんなも集まったしな。」
 見渡せば紐育星組の周りに帝都、巴里の両花組も集まってきていた。大神、新次郎、ラチェットまで合して21人。男女比を華やかな方向に著しく欠いた集まりは艶やかであるがまた姦しくもあった。
「はいはい、みんな。四方山話は後にして、アレをしましょう。」
 こんな時男性はなかなか前に出られない。結局マリアが仕切ってくれて隊長が再度表に立つことができた。
「恩に着るよ、マリア。」
「すみません、マリアさん。」
「礼には及びません、それよりも隊長、アレを。」
 妙にアレに拘るマリアを見ると、やはりマリアにはアレに対して一廉の思いがあるのかと思いたがった大神だが、また話が拗れるのを歓迎しない大神は言葉を飲み込んで再生成した。
「そ、そうだな、よし、行くぞ新次郎。」
「もちろんです。せーの、」
「勝利のポーズ、決めっ!!!」

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