[サクラ大戦BBS]

MAKING APPEND NOTE
Rudolf への返事
その3.

 星の動きにまで干渉しない限り明けない夜はない、それはかの天海や長安にも成し得なかった。深い眠りにあった者、まる一晩格納庫に詰めた者、指令室で事の成り行きを最後まで見つめていた者、万人に等しく朝は来る。紅蘭も、一晩詰めて朝の息吹に目覚めた整備班の面々同様、格納庫で目を覚ました。作業の完了した途端、全員が疲れ伏してその場で寝息を立てていたのだ、ひと眠りして息を吹き返した整備班達は改めて労を労い合った。
 本日の花組は歌劇団の顔をしている、次回公演会場の視察であった。完成間近で今もまだ大型蒸機がひしめき合ってスタヂアムを完成へと誘っている。マリアや紅蘭、カンナ、アイリスにはこのような大型蒸機が我が家、大帝国劇場を建てていた頃を知るだけに、懐かしい感情にもなる。
「ふわ〜あぁ。」
 大きな大きな大神の欠伸が花組全員に聞こえた。代表したわけではないが、しれっと彼の隣の空間を確保していたさくらが気にかける。
「大神さん、寝不足なんですか?」
「ああ、でもこのくらい大丈夫だよ、さくらくん。」
 寝不足の理由は紅蘭だけが察していた。今朝起きた時、自身に被さっていたベストがすべてを物語っていたので。
「なんだなんだ隊長、だらしがねえなあ。メシ食って寝る!健康の基本だぜ。よし、これからみんなで旨いメシ食いに行くか。隊長、どっちが食えるか勝負しようぜ。」
「あ、あははは・・」
 元気が取り柄といえば他の追随を許さないカンナ、これが彼女なりの気遣いである。しかしさすがにカンナの食欲に付き合わされる方は冷汗の1つ2つを垂らすのも無理はない。
「まあまあカンナはん、今日はスタヂアムの見学やさかい。旨いメシやったら明日うちが付き合うたるわ。」
「お、紅蘭。いいねえ。」
「但し一杯だけな、せやかてうちら、『レディ』やさかい。あっはははは。」
「おっと、そう来たか。」
 紅蘭の機転で大神の事はうやむやになった、これが彼女の礼だったことを大神はまるで気付いてない。
「うあ〜、大きいし広〜い。」
「そうね、こんなに大きな舞台を任せてもらえるなんて光栄だわ。」
 スタヂアム内に入ってきた花組はその広さに驚かされた。何せ座席だけで4万席。フィールド上、いわゆるアリーナ席を作れば5万人は収容できよう。メインステージの大帝国劇場が屋内とはいえ座席数800余席と比較にならない数では、アイリスどころかマリアすらも少々浮かれる所があっても不思議ではなかった。
「おっほっほ、これですわ。このステージこそ神崎すみれの真骨頂を見せるのにふさわしい舞台ですことよ、おーっほっほっほ。」
「また始まったデース。いつもいつも同じ事ばかり言って進歩ないデスネ。」
「まっ、今日は織姫さんが相手ですの?」
 相手と称するには論点がずれているようである。すかさずレニが口を挟んだ。
「織姫も大差ない。前からずっと今日のことをしきりに気にかけていた。」
「レ、レニっ、いい加減な事言わないのデース。そんな嘘つきな口はこうしてやりマース。」
 織姫は両の手でレニの両の頬を無造作に掴んで左右に引っ張った。
「おにひめ、ひたひ(織姫、痛い)」
「ざまあ見るデース、悪は必ず滅びマース、フフン。」
 レニの口は退治できたかもしれない織姫であったが、他の花組の白々しさを思う視線を回避することはできなかった。
「で、大神さん、いかがですこの舞台は?」
「うん、これだけ広いと何でもできそうだけど、何から考えていいのか迷うなあ。」
 大帝国劇場支配人でもある大神は、当然花組公演の総指揮もとる立場にあり、こけら落とし公演のプロデューサー的な立場にあった。
「いい舞台にします、最高の演出を考えてくださいね。」
「も、もちろんさ。」
 さくらに期待されて悪い気のしなかった大神、自らへの戒めにもなる約束を口にした。彼はこの手の約束を違えた事は一度もない。勿論今回もそのつもりであるし、軽口の奥に存在する確固たる信念は何者にも屈しないものである。
(ズズズズズズズズッ)
 和気藹々仲睦まじい彼女たちを地響きが襲った。
「な、なんですの?!」
「へんなカンジデース…」
「こ、降魔か?」
 花組全員が直感したであろう予想は的中した。地響きとともにスタヂアムのフィールドから降魔が湧きだしてきた、それも次から次へとアリーナ席を埋め尽くさんが如く。気付いた次の瞬間、花組は降魔の壁で十重二十重に包囲される格好となっていた。
「くっ、囲まれたか。」
「大神さん、どうしましょう?」
「とにかく総員、戦闘準備だ。なんとしても切り抜けるぞ!」
「了解!」
 それぞれが自分の得物を手に取る。さくらの霊剣荒鷹、すみれの携帯長刀、マリアのエンフィールド改、紅蘭の小型蒸気ランチャー、レニのランス。後は体術、というよりも個々の霊力を武装とした。大神も二刀を手にしつつ脳は危機打開策を模索していた。視認できるだけで何百という降魔に囲まれ、どういった手があるか。それにこれらから発せられる謎の妖気がいつまた花組に襲いかかるや分かったものではない。状況は圧倒的に不利である。考えを巡らせてる間にも降魔は前後左右からじわじわと花組の領域を侵してくる。
「どうする…」
 迫る降魔に焦りつつ冷静な判断を求められる難題に、大神は未だ解を示せない。マリア、紅蘭の火器が火を噴き数体の降魔が倒されるのも時間稼ぎにすらなっていなかった。
「待たせたわね、大神隊長。」
 3つの影がスタヂアムの客席から太陽の下に躍り出して来た。その影こそ、誰あろう、
「帝国華撃団・薔薇組、参上!」
「薔薇組の皆さん、来てくれたんですか。」
 彼の驚きの表情の中にも、加勢への喜びを見て取った琴音は少々ご満悦だった。
「当たり前よ、大神中尉。私たち薔薇組は大神中尉への愛こそ全て。愛する方の危機に颯爽と登場してお救い申し上げる、これぞ愛、至上の愛よ。」
「そうよ一郎ちゃぁ〜ん。アタシ達がコイツラの相手をしちゃうから、終わったらチュ〜してあげる。」
「斧彦さん、コイツラだなんて下品です。あ、あの、大神隊長。ぼく達の活躍、その目に焼き付けてください。」
 一癖どころではない集団だが、元々は魔神器を守るために米田が集めた者達である。決して侮れない男達、というか心は女、体は男の頼れる者達である。
 花組の面々としては、加勢に喜びながらも大神の前で愛だのなんだのと臆面もなく言ってのける彼らの表現に嫉妬心と羨望の両花を咲かせる。
「ありがとうございます、助かります。」
「待って、私達もいますよ。」
 更にあらぬ方向から、6人の男女の影がフィールドに降り立った。花組の甲高い声とも、薔薇組の野太い声とも異なる、澄んだ男性の声による見得が響き渡る。
「帝国華撃団・奏組、参上!」
「奏組のみんなまで…ありがとう。」
「いいえ、私達は花組さんの負担軽減の部隊、こんな時こそ私達の出番ですから…あ、は、初めまして花組のみなさん。ようやくお会いできました。わ、私、奏組と隊長を務めてますみみみ、雅音子と申します。」
 ついに宿願を果たして花組全員を目の前に拝めることとなった音子は、状況を一瞬忘れ、深々と頭を垂れた。
「あ、ご丁寧にどうも。真宮寺さくらと申します。」
 同じく状況を忘れて丁寧な礼を返却するさくらの相変わらずな所にすみれがすかさず反応を見せる。
「さっくらさん!貴女今の状況がお分かりになって?もう少し空気を読んで緊張感を持ってくださいな。」
もっともな言を放つすみれの怒りを柔和させようと、ジオが歩を一歩進めてくる。しかし彼の発言はすみれに柔和どころか更なる険悪化を呼びこむ事態となる。
「これはうちの隊長が失礼した。花組を守るのは奏組の役目、庶民を守るのは貴族の役目。ここはこの俺、G.O.バッハにお任せあれ。」
「ま、そこの貴方!わたくしの事を庶民とおっしゃって?」
「ハイハイハイハイハイ、すみれさんが突っかかると収集が付かなくなるデース。ここはワタシと同じ、ノブレス・オブリージュの精神を理解してるジオに任せるデース。ジオ、後はお任せシマース、チャオ。」
「ありがとうございます、織姫さん。」
「へっ、貴族のしきたりなんかは分かんないけどさ。俺だって負けちゃいないぜ。」
「おっ、ナリは小せえけど威勢がいいな。気に入ったぜ。」
「ナリが小さいだけは余計だよ、カンナさん…っと、総楽団長もデカいけどやっぱりカンナさんさすがだぜ、とんでもねえデカさだね。」
「なんだ?オメェも男だろ、メシ食っとけばすぐにアタイよりデカくなれるさ。」
 いくらなんでもさすがにそこまでは無理だとは言い出せなかったが、源三郎に背丈を馬鹿にされるのにはいつも虫唾の走る源二だが、世間の標準を軽々と超越しているカンナに背丈を言われては、そこは腹を立てるのはお角が違ったようだ。
「兄さん、もっと真剣になりなよ。周りが見えてるの?」
 いつものように兄に対してだけは冷たい、源三郎の言葉遣いが放たれる。
「なんだと!いつもいらねえ事言うんじゃねえよ、源三郎!」
「見えてないから言ってるんだろ。まったく、どうしてそうお調子者なのさ。信じられないよ。」
「きゃはっ、二人は仲良しなんだね。」
 すみれとカンナにも似たやりとりを行う桐朋兄弟に興味ありげなアイリスがちょっかいを出してきた。怒りを誰彼に構わず当てる悪癖のある源三郎にとって、これは格好の獲物である。
「ふぅ〜ん、オチビちゃん。君からはそんな風に見えるんだ。」
 笑っていない、むしろ悪意のある目つきでアイリスを見下ろす源三郎。54センチ差という事実は彼女の心の中では天空の高みから見下ろされているような感にありいい感じは全くしなかった。
「ぷぅ〜、アイリスちっちゃくないもん。」
 背丈、いやさ子供っぽい要素の何れをしても小馬鹿にされるのはアイリスに対する最大の禁忌である。知ってか知らずか源三郎は兄に対する調子でアイリスにちょっかいを出す。
「見たまんま小さいじゃないか、あの兄さんよりもこんなに低いとはなあ。」
 実際にアイリスは、普段弟からチビと連呼される源二よりも実に40センチも下回っている。
「小さくなんかないったらないもん。」
「小さい、小さい、小さいーっ。」
 源三郎の蔑むような目つきにいよいよアイリスのさして強固に結んであるわけでもない堪忍袋の緒がぷちぷちと崩壊しだした。
「アイリス、ちっちゃくなんかないもん。」
 にわかに雰囲気の変わった目の前の少女に、源三郎はようやく自分が踏み越えてはいけないラインを大股で越えていたことに気付かされた。
「はいはい、ここは皆さんで仲良く協力し合いましょう。」
 後悔先に立たず、冷汗を流しかけていた源三郎の肩にぽんと手を置く彼にとっての救世主、ルイスのいつもながらのにこやかな笑みがそこにあった。
「アイリス、無駄に爆発するもんやないで。爆発はな、ここや!っちゅう時にやってこそウケんねん!」
「え、きゃはは。紅蘭だっていつもいつも爆発してるじゃないー。」
「お、こら一本取られたわ。」
 爆発に関しては他の追随を全く許さない程の第一人者である紅蘭に爆発論を説かれては暴走寸前のアイリスとはいえ笑いを禁じ得ない。かくて二人の活躍により味方に無駄な同士討ちが発生する事態は避け得た。ばつの悪い源三郎も、救いの神だけに聞こえるような声でこっそり謝辞を述べて弓を番えていた。
 そのような花と奏の逢瀬に乗って来ず、じっと降魔の群れを凝視しつつ短剣を構える男が一人いた。
「ほら、ヒューゴもきちんと花組さんに挨拶しておきましょう。」
 彼の何を知っているのかやたらとヒューゴの事を気に掛けるルイスがここも彼の世話を焼いてきた。往々にして焼かれる世話はお節介と取られがちであり、現状ヒューゴの心境もそれに近かった。
「…貴女達は俺達が守る。」
「ありがとう。」
 ぶっきらぼうなヒューゴの挨拶に返したのはレニだった。花組側のぶっきらぼうとの掛け合いに彼女の世話焼きである織姫が黙っていられなくなった。
「あー、もう!鬱陶しいのが増えマシター、イライラするデース。」
 レニだけでも持て余す織姫がヒューゴにまでいらぬ母性本能を波及させようという。ヒューゴにしてみれば迷惑に思う度合いはレニが彼女に思うよりも数段増しである。
「もっとフレンドリーに語ることは出来ないデスカー?」
 フレンドリーはおろか、一言も発していなかった花組副隊長の彼女が眉間に皺を寄せていることを織姫は気付いていなかった。尚もヒューゴとレニを玩具せしめようという彼女の行動でついに山は動いた。
「いい加減にしなさい!今は非常時よ、冷静に自分のすべきことを判断なさい!!」
 我慢の限界点を突破したマリアの雷が花と奏の只中に落とされた。悪い意味でこの事象に慣れている花組と違って免疫のない奏組にとっては、特に花組に対して精神の脆い所のある音子には心の深奥にまで貫かれたようなショックを受けた。それでも任務を果たそうという生真面目さは隊長らしさが表れている。
「お、大神司令。雅音子以下六名、花組の援護に参りました。」
「う、うむ。」
 奏組に課せられた使命を思い出した音子が、動揺に咽び、震える声を振り絞りつつ踵を揃えて総司令に敬礼を施した。同じく敬礼で返した大神だが、音子の姿に滑稽さを感じずにはいられないでいた。だがマリアの怒りが沸点を越えて間もない時間帯に司令たる自分が吹き出したりなどして場を振り出しに戻すことは避けねばならず、緊張感を持続させる為に彼は忍耐と努力を要した。
 翻って、帝国華撃団にとって大神に向かい、まともに形式張った態度を取る隊長職などは眼前の歳若い女隊長ただ一人であるため、むしろこういったまともな態度のほうが大神には新鮮な、小さい驚きをもたらせてくれていた。
「まだまだ、更にいるわよ。ほらっ。」
(ドーン!ドーン!ドーン!)
 琴音が天を指した直後、降魔の群れの中で爆発がいくつも発生した。
「翔鯨丸、かえでさんも来てくれたんですか。」
 花組がこぞって外出しているのである、不測の事態に備えて機動兵器が準備を整えてあるのは至極当然の話である。
「大神くん、光武の出撃準備は整っているわ。早く翔鯨丸まで飛び乗って。」
「はい、総員翔鯨丸まで走るんだ!」
 大神の号令と共に花組が一斉に走り出した。翔鯨丸の支援砲撃で降魔は混乱して隊列を乱しそこかしこに隙間が生じている、間隙を突いて走り抜ける事は困難ではないように見えた。また、後方、左右から迫る降魔には薔薇組と奏組が当たったのも花組は前方にだけ注視して走り抜ければいい事で大いなる助けとなっている。。
「ヒューゴさん、ルイスさん。左前方からの降魔を攻撃してください。斧彦さんと菊之丞さんは右方向に、左後方の群れには琴音さん、ジオさん、源二くん、源三郎くんで対処してください。」
「シー、マエストロ!」
「ちょ、ちょっとぉ。なんでアタシ達が小娘の指示で動かなきゃいけないのよ。」
 とは言いつつも琴音は、斧彦も菊之丞も、反射的に音子の指示と同じ行動を取っていた。磨かれた彼らの戦闘センスが本能的に取った行動が、音子の指示と合致しているのだ。
「でも、的確な指示だろ?凄いんだ、彼女の素質は。」
「そ、それは認めるわよ。」
 ジオの発言に琴音は口ぶりとは裏腹に全肯定で返した。平和な島根で普通の女子として育った音子に戦闘のセンスや経験を期待されていない。しかし彼女には、彼女だけに備わった霊音を五感で感じ取れるという戦闘経験の無さを差し引いてお釣りの来る能力がある。これにより魔の強弱に対して自陣戦力を適切に配置すること、1つの絵画や楽曲のごとし。
 ヒューゴの短剣が踊る中ルイスのチャクラムが裂く、ジオのレイピアが光りつつ源二の拳が唸り、源三郎の矢が貫けば薔薇組の体術が美しく閃く。全員が異形の者に対して互角以上に戦っている。ひとえに帝都を守るため、そのために花組に戦場を託さんがために。
 一方の花組の方は、
「どりゃあぁぁぁぁ!よし隊長、ここからなら翔鯨丸に乗り移れるぜ。」
 カンナの猛る拳が、花組の前の道を貫通させた。花組はすぐさま翔鯨丸に乗艦し、各人の光武起動シークエンスに入った。
「よし、光武起動。みんな、霊子バリアの状態を確認してくれ。」
「了解。大神さん、さくら機バリア展開。」
「すみれ機異常なし、バリア発生させますわ。」
「隊長、マリア機異常ありません。」
「紅蘭機、快調やでぇ〜。」
「お兄ちゃん、アイリス大丈夫だよ〜。」
「カンナ機問題ないぜ。」
「織姫機、いつでも行けマース。」
「隊長、レニ機発進準備完了。」
 八種の問題ない回答が次々に返ってくる。全員の返事を確認してから大神は出撃命令を下す。
「いいな、みんな。霊子バリアに霊力を回している分いつもの通りに光武は動いてくれない、それだけは覚えておくように。よし、帝国華撃団、出撃だ!」
「了解!」
 隊長の命令を受け各機が翔鯨丸より放たれ、やがて本日は九色の煙と共に光武は地上に降り立った。
「帝国華撃団・花組、参上!」
 光武の登場に薔薇組、奏組の面々は俄然色めきたった。
「皆さん、後は俺達が受け持ちます。安全な所に退避してください。」
「分かったわ大神中尉。さあみんな、退くわよ。」
 琴音の号令一下、九人は花組の足手まといにならないように安全圏まで退避していった。その様は、出場も見事であったが退場もまた引けを取らない機敏さだった。
「大神はん、例の妖気の発生を確認したで。」
「そうか、さくらくん、アイリス。気分はどうだい?」
 大神は先の戦闘で妖気の影響を大きく受けた二人に指標を求めた。彼女達が無事なら他の隊員も無事だろうという計算だったが、特別扱いと誤解した二人は大神への気持ちが少し高まった。
「は、はい。大丈夫です。アイリス、そっちはどう?」
「アイリスもなんともないよー。」
 霊子バリアは成功した。多少の力落ちがあるにせよ相手がただの降魔レベルならばもうこちらのものである。
「よし、いいぞ。紅蘭のおかげだ、ありがとう。」
「おおきに、せやかて大神はん、これからやで。」
「ああ、分かってる。」
 とはいえ大神は紅蘭ほどに現状を嘆いてはいなかった。それは隊員全員を信頼しているからこその安堵感からである。
「行くぞ、みんな!降魔を片付けるんだ、さくらくん!」
 大神の意図を過不足なく読み取ったさくらが気合を高める。
「はい!…破邪剣征……桜花天昇ーっ!」
 さくら機から放たれた強い霊力の塊は軌道上の降魔を悉く滅ぼし、大群の中に一筋の直線路を生じせしめた。すかさず直接攻撃力に自信のあるカンナとレニが直線路に躍り出て、存分に思いの丈を奮った。
「行くぜ、公相君!」
「ブラウァーフォーゲル!」
 二人の必殺技がさくらの敷いた道を押し広げる。足場のできたところで織姫、すみれ、紅蘭が先頭に立ち降魔の前面に強かな一撃を与える。
「退きなサーイ、オーソレミオ!」
「行きますわよ、神崎風塵流・孔雀の舞!」
「がんばってや、うちのチビロボ達!」
 必殺技の乱舞に降魔の群れは前線を大きく下げた。花組はこの間に戦線を上げつつ気合を貯めなおす戦術を取る。知能は所詮動物並で統率のとれた戦術行動を取る術を知らない降魔には、何百何千集まろうと力押しで十分対処できるので有効である。ところが降魔の次の行動は大神の脳内データベースにはなかった。降魔が花組との距離を開け後方に大きく下がり、一か所に集まり出したのだ。必殺攻撃のオンパレードとはいえまだ何百という個体数を保持しているそれらの行動はむしろ無気味であった。
「何をしようというんだ…?総員、一旦距離を取れ。」
 敵の不可解な行動には深追いしないのが兵家の常、大神はそれに則った。彼らには何分にも感じられた十数秒の後、降魔群の上方に一つの影が現れた。
「あ、あれは夕べの!?」
 大神には影に見覚えがあった。昨夜帝劇にて彼を襲った武者の霊、それであった。
「やはりこの降魔との間に関係があったんだ、ならば今度こそ倒す!」
 光武の出力を目いっぱい上げ、大神機は上空にあった武者に襲いかかった。対する武者は、恐れの感情を持ち合わせていないのか動じる事もなく、ただ印を組んだ。
「我は、氏綱。お前達よ、我の手足となりて我にその身を捧げよ。」
 大神機の二刀が武者に振り下ろされようとした瞬間、武者が下から伸びあがってきた黒い物体に飲み込まれた。二刀も同時にその物体に抑え込まれ、大神機は上空で身動きが取れなくなってしまった。物体は降魔の群れが原型をなくし、スライム状に寄り集まり一つの塊と化した物であった。
「隊長!おのれ、リディニーク!」
 堪らずマリアが物体に対して必殺攻撃を仕掛ける、しかし彼女の氷の一閃は物体に到達した瞬間に空しく四散してしまった。
「くっ、攻撃用の霊力が足りないの?」
 動けないままの大神機を加えたまま、黒い物体は徐々にその形を鮮明化し、やがて一体の巨大降魔へとその姿を到達させた。
「な、なんなんデスカーこれは!」
「妖力が飛躍的に増大している、危険だ。早く隊長を!」
 レニの叫びと同時に、巨大降魔はその腕をおよそ眉間の位置に剣を突き刺す格好となっていた大神機に向けた。危険を感じた大神は敢えて刀を放し、自由落下の方策を取った。大神機が重力の干渉に耐えられず、勢いをもって下方に加速した一秒後、大神機のあった位置に降魔の腕が到達した。刺さっていた二刀は無残に砕け散り、大神機本体の後を追って、本体が地上と接吻を交わしてからそれの頭上に降り注いだ。
「お兄ちゃん!今助けるよ。」
 テレポート移動のできるアイリス機が降魔の足元まで一気に飛び込み、大神機共々に一瞬で離脱し花組の陣内に舞い戻った。
「イリス・プロディジュー・ジャンポール。」
 アイリスの回復技が大神たちを包み込む。しかしここにも霊力の不足が影響し、本体の傷はほぼ回復すれども二刀を蘇らせるにまでは至らなかった。
「ありがとう、アイリス。」
「どーいたしまして、でも…」
「ああ…」
「大きすぎます、どうすればいいんでしょう。」
 先刻、渾身の必殺攻撃を放ちつつもいとも容易く弾き飛ばされたマリアが悩んだ。大神により花組の最大霊力を叩きこめばなんとかなるやもしれないが、霊子バリアに霊力を供給し続けている現状ではそれはできない。あまつされ霊子バリアを切ってしまえばまた何人かの意識が無くなってしまうかもしれない。自体は急転し圧倒的不利な状況に追い込まれて大神はまた決断を迫られている。
 降魔は翔鯨丸からの砲撃も意に介さず、ずしんずしんと鈍く重い音を上げつつ、今度は花組との距離を詰めてきていた。

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