[サクラ大戦BBS]

MAKING APPEND NOTE
Rudolf への返事
その2.

 一方、舞台でも問題が起きていた。
「だから申してるではありませんか。このような陳腐な舞台では、この神崎すみれの晴れの舞台にしては地味で平凡なのですと。」
「だから何度も言ってるでしょ、今度の舞台はあなた一人が目立てばいいものではないのだと。」
「そうだぜ、ったくおんなじ事ばかりで何回稽古を止めりゃあ気が済むんだよ、このウスラトンカチ。」
「あ〜ら、初めて花組をご覧になる来賓の方々から普段この劇場に足繁く通われているお客さままで、お客様は全てわたくし、わたくしだけをご覧に来て下さるのですわ。それこそ幾度となく申し上げてますのにウドの大木の幹の耳しかお持ちでないカンナさんにはそれがまだお分かりにならなくて?」
 すみれのいつもの我儘が始まっていた。この稽古のお披露目になる次回公演は、件の大帝都スタヂアムこけら落とし公演であり観客も名の知れた来賓から今まで帝劇の舞台を見た事のない市民までが多数来場することうけあいであり、すみれのいつもの我儘にも気合いが増すようである。
「ま、まあまあすみれさん、落ち着いてください。」
「カンナはんもマリアはんもここは抑えて、な、な?」
「さっくらさん!あなたいつでもそんないい子ちゃんぶらないで下さる?わたくしはお客様のご覧になりたいものを説いてるのですわ、あなたに止められる謂れはございませんことよ。」
「なあ紅蘭、ここは黙ってこのバカの脳みそに一発食らわさせてくれよ、今日という今日はもうガマンなんねえんだ!」
「そうよ紅蘭、ちょっと待ってて。こんな事をして無駄に時間と体力を消耗させていいわけないの。」
 さくらと紅蘭が間に割って入るがゴタゴタは収まらない。今回はマリアまでが嵐を起こす側にいたことに抑えようとする側の二人は多少の動揺を余儀なくされた。
「あ〜あ、また始まっちゃった、毎日毎日よく飽きないね。アイリス、疲れちゃってるんだから。」
 花組の中で飛びぬけて素直で正直なアイリスは疲労を隠そうともせず、疲れが増すだけの争いには関わろうとはしなかった。
「そうデスネー、触らぬ神に畳なしってやつデース。」
「織姫、畳じゃなくて祟り。」
「う、うっさいデース!」
 指摘こそ的確に行ったが、レニも喧嘩に対しては傍観を決め込む組であった。無駄な時間と体力の浪費という点ではマリアと意見を一にするのだが、彼女がマリアと違ったのは、すみれとカンナの間にいちいち介入することの非効率さを認めるか否かという点にあった。
「このアマー、根性叩き直してやる!」
「あなたなどに叩き直される根性は持ち合わせておりませんわ!」
「止めなさいって言ってるのが分からないの?!」
 幾度の物理的衝撃の応酬が交わされた後、更なる連鎖が発生する前にようやく大神が異変を察知した。
「な、何をやってるんだみんな?」
 大神は驚きの表情を浮かべると共に一言を発した後、舞台上の様を見渡して絶句した。
「た、隊長、これはその、つまり…」
「マリア…マリアまでどうしてこんあことに。」
「イズヴィニーチェ(ロシア語訳:すみません)。」
 隊員をおもんばかり、隊長に気遣う余り、自分の力で処理しようという気ばかりが焦って結局どちらも立たなかった現実に、マリアは謝罪を述べるに止まった。
「みんな、次は大事な舞台なんだ。それなのにみんなの心ががこんなにバラバラでどうするんだ。」
「中尉、ですから次の舞台のためにとわたくしがもっとよい舞台にしようというのをカンナさんが、」
「んだと、まだ言うかこのヤロー!」
「止めないか!」
 元の木阿弥になろうとする矢先に大神の一喝が飛ぶ。彼が怒鳴るときは相当に高揚があるものなので、すみれとカンナはビクッとして矛を収めた。
「大舞台の前に度重なる出撃だ、みんな疲れて苛立っているのも分かる。けど花組は、帝国歌劇団は家族だろ、苦しいときこそいがみ合ってちゃ駄目だ、俺はそう思う。」
 隊員たちはこぞって赤面した。中には家族という表現をかなり都合よく解釈して大神を見つめる者もいたようだが、大神はそれには気付いていない。
 カンナに至っては、この中で自らが最も多用する語を使って窘められたのがよほど堪えた様子である。
「へへっ、そうだったよな。苦しいときこそ助け合うのが家族。帝国歌劇団なんだよな…すみれ。」
「はい?」
「なんかすまねえな、お前のいつもの癇癪だと思って何も耳貸さなくてよ。」
「い、いいえ。所詮わたくしの独り善がりの発言でしたから。もう、改めてそんな風に言われましたら、もうっ。」
 先刻までの険悪な雰囲気は一変、九人は和やかなムードに包まれた。やはり花組に彼、大神一郎は必要不可欠なのであると皆が再認識する。
「わーい、だからお兄ちゃんだーい好き。」
 8人を代表してアイリスが大神の胸に飛びつき、謝意を全身で表現した。この行為にまんざらでもない大神を見て、さくらならずとも冷徹な視線を向けざるを得なかった。

(ビーッ、ビーッ、ビーッ)
 直後、劇場中に警報が鳴り響いた。彼女達が歌劇団から華撃団に変わる瞬間である。
「出動だ、行くぞみんな!」
「了解!!」
 調律の整った美しい返答が響き、隊員達はダストシュートに一目散に駆け出す。稽古中のために全員稽古着でダストシュートに飛び込んだ彼女達はその出口、即ち作戦指令室では凛々しい戦闘服に包まれていた。
「隊長!花組、全員集合しました。」
「分かった。」
 大神も戦闘服を纏い、既に指令室にあった。隊員が揃ったのを確認した大神は総司令として矢継ぎ早に指示を飛ばす。
「昨日言った通り、部隊を2つに分ける。まずは第一隊、出撃準備をせよ。第二隊は指令室にて待機。もしもの場合は俺が出撃命令を出す、いいな。」
「了解!」
「由里くん、敵の状況は?」
「はい、降魔が日比谷公園に出現、確認された数は4体。公園内の施設を破壊しているとの月組からの報告です。」
 現地に急行し、状況を時々刻々伝えてくる月組からの報告を由里がまとめ読む。
「そうか、その程度なんだな。」
「はい、増加の傾向はないようです。」
 大神は安堵した、昨夜の一件もあったため考え過ぎていたきらいもあったろうが実際は部隊の半分でも十二分に退治できる程度の敵勢力だったからである。
「椿ちゃん、かえでさんとかすみくんは?」
「陸軍省を出発、こちらに向かっています。あと10分はかかる見込みです。」
 降魔出現の報はかえでにも間を置かず伝わり、用事を切り上げ陸軍省を発っていた。現在の指令室スタッフはつまり、由里と椿だけという事になる。
「そうか、よし。第一隊は俺と一緒に日比谷公園に出撃する。俺の出撃後、かえでさんの到着までの間、総司令代理をマリアに任せる。」
「わ、私がですか?」
 マリアには先刻の揉め事で嵐を起こした側に立った引け目が少なからずあった。それを氷解させたのは、大神の次の言葉だった。
「君が必要なんだ、疲れているところをすまない。」
 彼に必要とされている、求められているのを眼前で直接言われてはくよくよしてなどいられなかった、いつもの自分を取り戻し、責任感を持つマリアの目が蘇る。
「了解しました、隊長。副司令が戻ってくるまでの間、大任務めさせて頂きます。」
「ありがとう、マリア。それでは、帝国華撃団・花組、出撃!」
「了解!!」
 大神の号令一下、マリアが司令官席にあり、第一隊のさくら、紅蘭、アイリス、織姫が光武に向かう。腕利き揃いの整備班の手によって光武は九機全てが出撃可能状態にあった。
「大神さん、光武は今日もバッチリ整備しときやした、霊子エンジンも快調ですよ。」
「ありがとう、親方。」
 舞台の脇を固めて良し、大道具係をして良し、更には華撃団装備の整備士をも任せて良しの中嶋親方。縁の下の力持ちとは正に彼の事である。帝国華撃団、帝国歌劇団共に彼あってこそ屋台骨が立つものである。
 親方の仕立てた光武に颯爽と搭乗する花組、各機の霊子エンジンが彼の言うとおり機嫌のいい音を立てて動きだす。
「ええ音や、丁寧に扱うてもろてよかったなあ、ホンマに皆はんおおきにやで。」
 光武を我が子の如く可愛がっている紅蘭には、整備班もまた光武やその他装備をよく愛しんで手をかけていてくれるのがよく分かっていた。
「よし、轟雷号に搭乗するぞ。」
 起動した光武達をロボットアームが機械的な動作で釣り上げ、轟雷号コンテナへの格納位置へと運び出す。常日頃の約半分の格納庫が埋まったところで車体は発進位置へとじわじわと動き出した。停止位置まで着たところで列車は台に固定され、台自体が世界と垂直を成す位置まで後部を持ち上げた。
 やがて垂直を形成したところで固定が外れ、轟雷号は重力の力を得て猛スピードで発進していった。

 所は日比谷公園、異形の降魔共は自らの力量の爪痕を刻むかのように、公園内にある目に付いた物全てに対して破壊の衝動をぶつけていた。
「てーやんでぇ、魔物が怖くて紙芝居屋がやってられっかよ!」
 息巻く紙芝居屋、千葉助の前に降魔が殴り折った大木の枝が落下してきた。
「お、お、お、とっとぉ。こりゃコッチ行っといた方がよろしいですね、はいよちょいとごめんなさいよ…さいならぁー!」
 千葉助は競輪選手も青ざめるかの勢いで自転車を漕いでその場を立ち去った。その様子を大木の枝に乗りつつ眺める人の目。
「逃げ遅れた最後の一人の紙芝居屋が逃げ仰せました。」
「よし、これで光武の枷になる物はなくなったな。花組に信号を送れ。」
「了解。」
 避難誘導を監督していた月組隊員である。市民の避難が完了したところで、花組及び指令室に登場可能の信号を送る。刹那、公園の一角に五色の煙が舞い上がり中からこれまた五色の光武が現れた。
「帝国華撃団、参上!」
 人語を介する事が可能とは思えぬ相手に対して見栄を切り、花組が戦場に到着した。月組の任務もここより戦況報告へと移行する。
「いたな、降魔。」
「相変わらず、破壊の限りを尽くしてマスネー。」
「相手は数で劣る、一気にせんめつするぞ。」
「了解!」
 前衛攻撃機たる大神、さくら機が先頭を切り、紅蘭、織姫機が後に続く。後衛に回復役のアイリスが控える理想的な陣形である。
「食らえ、降魔!」
 大神の二刀が降魔の一匹の頭を確実に捉えた。降魔は断末魔の悲鳴を残して即死した。続いてさくらの一太刀が次の降魔を一刀両断する、直前に異変が起こった。
「あ、あああっ。」
「ど、どうしたんださくらく、ううっ。」
「いたい、いたいよ、頭がいたいよー。」
「な、なんなんデスカー、頭が割れそうデース。」
 大神を含めた花組の身体に変調が生じた。事の強弱はあれど一斉に頭痛が襲ってきたのだ。特にさくらとアイリスのそれは酷く、光武の中で意識を失ってしまった。自然、光武も動きを止めた、止めを刺されかけていた降魔は攻勢に転じ目の前のさくら機を禍々しい爪で薙ぎ倒した。
「さくらくん!」
 大神の問いかけにさくらは答えなかった、気を失ったままであり彼の声を聞く事もできていなかった。この時大神は後悔の念に駆られた。予想し得なかった隊員の不調からの危機、このような形で隊を2つに割った弊害が出ようとは。危機管理の希薄さを呪わずにはいられなかった。
 しかし今は呪っている場合ではない、尚も残った3体の呪いを体現したような敵がいきり立ち、他の光武にも襲いかかる。
「がんばってや、うちのチビロボ達!」
 降魔が不用意に間合いを詰めた時、紅蘭の必殺技が機先で炸裂した。チビロボの攻撃に降魔は耐えきれずに全てが滅した。
「あ、ありがとう、紅蘭。」
「ええて、多分この中では今うちが一番元気やろし。」
「どういう事だ?」
 何か気付いたような紅蘭の発言は大神の関心を引いた。
「そこや、大神はん。せやけどここは一旦退いた方がええわ。」
「そ、そうだな。全機帝劇に帰投せよ。」

 帰投後、作戦指令室。かえでとかすみも戻ってきており彼女らを含めた全員が紅蘭の意見に耳を傾ける用意に入っている。
「いいぞ紅蘭、始めてくれ。」
「はいな、とその前にさくらはんとアイリス。」
「はい。」
「なぁに?」
 さくらとアイリスも帰投の途中には意識を取り戻していた。
「二人とも、もうなんともあらへんやろ?」
「あ、は、はい。大丈夫です。」
「アイリスもへいきだよー。」
「ほか、やっぱりな。」
 一人だけ解に辿り着いたように紅蘭は頷く。置いてけぼりに耐えられなかったカンナがたまらず立ち上がった。
「おいおい、一人で分かった顔すんじゃねえよ紅蘭。ちゃんとアタイたちにも説明してくれよ。」
「分かった分かった、カンナはんでも分かるように説明したるさかい、よう聞きや。」
「おう。って、アタイでも分かるようにってのはどういうこったよ!」
「カンナ、だまってて。」
 アイリスから注意されるのは大の大人としてさすがに恥じ入るものがある、カンナもそう思わされてしなしなと着席した。
「うおっほん。」
 紅蘭が一つ咳払いをして、皆の目がそちらに向いた。緊張の糸がぴんと張りだす。
「さっきの戦闘中、うちの光武の霊子センサーに変な波長の妖力が引っかかったんや。」
「妖力?降魔のものでは。」
 レニが現場の状況から察し得る発信源を挙げてみる。
「ちゃうちゃう、今までの降魔の妖力とは全く別物やねん。ただ、妖気自体は降魔から出てるねん。指令室におった方には影響なかったやろ。しかも月組はん等によるとあの時公園一帯には降魔以外に妖気を発するモンはなかったっちゅうこっちゃ。しかも、もっと強力な妖気を放っとるっちゅうなかなか厄介なシロモノやで。」
「降魔を中継して、何者かが強い妖気を発していたということですわね。」
 読みの鋭いすみれが、紅蘭の意図を察知した。なにしろ強い妖気はそのまま妖気を発する魔物の強さに直結している、それはカンナでも理解していた。
「で、そのことと今回のさくら達の症状の関連性は?」
「かえではん、それなんや。推論なんやけどな、この今までと違う妖気はうちらの霊力に干渉しよるみたいやねん。」
「干渉?」
「せや、その現象がさくらはんみたいに霊力の強いモンに顕著に現れたっちゅうことなんやろな。現にこの中で霊力の低いうちなんかは症状が軽かってん。」
「そうなのか、基本的に花組は霊力が強い。またこんな事が起こってはまともに戦えないぞ。何か打開策はないのかい。」
 大神が事態の本質を突いた。霊力そのものが枷となっては戦うどころか光武の指一つさえ動かすことはできないのだから。
「あるには、あるねん。」
「えっ。」
「以前、金色の蒸気で使うた手の二番煎じやけどな。妖気の波長と真逆の波長の霊力で光武を包むんや。」
「霊子バリア、というわけね。」
 マリアがらしくネーミングした、以後この呼称が便宜上として用いられることとなる。
「但しや、常にバリアに霊力を送り続けることになるさかい、」
「攻撃力は削がれるし、操縦者の負担が増すとおうことデスネ。」
 戦闘センスに秀でた織姫が言う。同じく秀でたレニも気付いたかもしれないが、唇をぴくりとも動かしてはいなかった。
「そうなると、これまでの降魔クラスにも今まで通りというわけにはいかなくなりますね。」
 さくらの不安は的を得ていた。彼我の戦闘力差があればこそ隊を2つに割るなどの戦略は取れたのだが、一対一で互角程度の戦いとなるとまた全員一隊で対処する必要が生じてくる。
「しかたないな。で、紅蘭。その霊子バリアはいつできるんだ?」
「せやなあ、今から取りかかれば明日の朝にはいける思います。」
 案外早いな、そう思った。が、これは彼女なりの目標数値なのだろう、これから不眠不休で作業するのは分かりきっていた。故に大神は深く追求はしない。
「そうか、では頼むぞ、紅蘭。」
「まーかしとき!」
「隊長、もし霊子バリアの完成までに敵が現れたときは提案がある。」
「レニ、言ってみてくれ。」
「敵と距離を保って攻撃可能な隊員を出撃させれば、影響は最小限で済むと思う。」
「ロングレンジ攻撃ね、となるとまずは私ね。」
 先程は留守番組の隊長をかこっていたマリアが先んじて挙手する。
「そうだな。それと織姫くんと…アイリス、大丈夫かい?」
 離れて攻撃することは可能だが、先の戦闘で影響の大きかったアイリスを大神は庇う素振りを見せた。同程度の影響を受けていたさくらにはそれが面白いものでなく思えた。
「だいじょーぶだよ、離れて戦えばいいんだよね。アイリス強いからだーいじょうぶ。」
「そうだ、その通りだよアイリス。」
「なんでえ、それじゃあアタイはまた留守番じゃねえかよぉ。」
 反対に、近接戦闘主体のカンナが欲求不満とばかりに残念がる。
「ま、仕方ありませんわね。何しろ目の前の敵を殴ることしかできない筋肉バカのカンナさんではものの役にも立ちはしませんわ。」
「だからオメーはいつも余計なことしか、」
「はいはいはい。」
 手を打ちながら、すみれとカンナの間にかえでが割って入る。名漫才を見ている余裕はこの際ないのだ。
(ビーッ、ビーッ、ビーッ)
 再び劇場内に警報が鳴り響く。
「椿ちゃん、今度は何だ?」
「敵です、また降魔が現れました。今度は浅草寺です。」
「こっちの都合で休ませてくれるわけはないか、マリア!アイリス!織姫くん!出撃だ。但し無理は禁物だ。」
「了解!」
 この日、彼女達は更にもう一度の出撃を強いられることとなった。この夜も、負担の大きくなった三人は特に深い眠りにつき、朝まで自室のドアが開くことはなかった。

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